「管理」から「共有」へ──加藤芳久氏が説く、シェアリングリーダー」の育て方:ITmedia エグゼクティブ勉強会リポート(1/2 ページ)
売上目標に届かない、部下のやる気が見えない、AIを導入したのに成果が出ない──こうした悩みを抱えるリーダーは少なくない。実は、その根本原因は意外なところにあった。
2025年7月29日に開催されたITmedia エグゼクティブ勉強会に、株式会社ファイブベイ 取締役副社長兼CHO(チーフ・ハピネス・オフィサー)の加藤芳久氏が登壇した。加藤氏は20年以上にわたり200社以上の組織開発を支援し、独自の「理念型育成」を体系化してきた実績を持つ。また、『売上を追わずに結果を出すリーダーが見つけた20の法則』の著者としても知られている。講演では、多くのリーダーが陥る「管理の罠」の正体を暴き、組織の成果を劇的に向上させる「シェアリングリーダー」育成の考え方を明かした。
「人は管理されることを望んでいない」──多くのリーダーが陥る管理の罠
「はっきり言うと、人は管理されることを望んでいません」──加藤氏は講演の冒頭でこのように語り、多くのリーダーが陥りがちなマネジメントの落とし穴について鋭い指摘を行った。
現場では、月曜日の朝に「今週のKPIはクリアできそうか?」「進捗はどうなっている?」と部下に確認し、PDCAサイクルを回すよう指示し、数値目標を設定し、行動計画を立てさせる上司の姿が散見される。まさに「管理型マネジメント」の典型的な光景だ。
数値管理、行動管理を強めれば強めるほど、メンバーのやる気は削がれ、むしろパフォーマンスは低下すると加藤氏は警鐘を鳴らす。
では、なぜこれほど多くのリーダーが「管理の罠」にはまってしまうのか。その構造を、加藤氏は「氷山モデル」で解き明かした。
組織の90%は「見えない部分」にある──氷山モデルが示す盲点
私たちが普段目にしているのは、海面に浮かぶ氷山の一角──つまり「行動」や「成果」といった部分に過ぎない。それは全体のわずか10%だという。残りの90%、水面下に隠れている巨大な氷塊には何があるのか。ここに目を向けようとするリーダーは数少ない。
「人間関係、組織風土、そして一人ひとりの想いや価値観です。さらに、昨日より今日できることが増えたという成長実感や、お客様や仲間から感謝される“やりがい”も含まれます」(加藤氏)
赤ちゃんが初めて歩こうとするとき、両親の「すごいね」「頑張ったね」という温かい声援があるからこそ、転んでも立ち上がろうとする。大人も同様に、心理的安全性が確保された良好な人間関係の中でこそ、新しいことに挑戦し、成長できる。
ところが、多くのリーダーは目に見える行動のみを捉え、「まだまだできていない」と叱咤したり、さらなる行動を指示したりする。これは氷山の一角を無理やり動かそうとするようなもので、水面下の巨大な抵抗にあってうまくいくはずがない。
ITの現場でも同様のケースは散見される。最新ツールの導入を指示しても、現場のメンバーが消極的になってしまう。なぜそのツールが必要なのかという「想い」の共有や、失敗を恐れず試せる「組織風土」という土台がなければ、真の変革は起こり得ないのだ。
成功する組織の秘密「グッドサイクル」──2つの対照的なパターン
では、具体的にどのようにして水面下の部分にアプローチすればよいのか。加藤氏は、マサチューセッツ工科大学のダニエル・キム教授が提唱した「組織の成功循環モデル」を紹介する。このモデルは、組織の成果が生まれるプロセスを「関係の質」「感情の質」「行動の質」「結果の質」という4つの要素のサイクルで説明するものだ。
多くの企業が陥りがちなのが、売上や利益といった結果の質を上げるために、いきなり「行動の質」を高めようとするアプローチだ。つまり、行動計画の策定やKPI管理といった、前述の数値管理・行動管理である。これは「バッドサイクル」の入り口だと加藤氏は指摘する。管理強化は、メンバーの思考を停止させ、やらされ感を生む(感情の質の低下)。その結果、社内ミーティングばかりが増え、顧客と向き合う時間が減り、行動の質もかえって低下。最終的に結果の質も下がるという悪循環に陥る。
これに対し、成長し続ける組織は関係の質を作り上げるところから、サイクルをスタートさせる。
「まず、お互いを尊重し、信頼し合える円満な人間関係、つまり良好な組織風土を構築します。これが関係の質です。こうした関係性の中では、“この人のためなら頑張ろう” “無理かもしれないけど、やってみよう”といったポジティブな気持ちが生まれます。これが感情の質の変化です」(加藤氏)
良好な感情は、自然と行動を変える。メンバー同士の信頼関係が築かれると、自発的な協力行動が生まれるのだ。
「困っている同僚がいたら“何か手伝おうか?”と声をかけるようになります。たとえ手伝えることがなくても、気にかけてくれたその気持ちが嬉しい。だから、お互いに頑張れる。これが行動の質の向上につながり、結果として売上や利益といった結果の質も向上するのです」(加藤氏)
そして、良い結果が出れば、互いへの感謝が生まれ、さらに「関係の質」が高まると「グッドサイクル」が回り始めるのだ。このアプローチは、業種や業態、企業の規模を問わず有効であると同氏は断言する。人間の本質的な感情やモチベーションの源泉に働きかけるからだ。
幸せな組織の3つの共通項──シェアリングリーダーの重要性
長年のコンサルティング経験から、加藤氏は「幸せな組織」──業績が良く、人が辞めずに育っていく組織には、3つの共通項があると見出した。
1つ目は「理念共有」。幸せな組織では、自分たちが何のために働き、社会にどのような価値を提供したいのかという「想い」が、明確な言葉で共有されている。それは、航海における北極星のように、組織が進むべき方向を示す判断軸となる。
2つ目は「関係構築」。組織の成功循環モデルの起点でもあった、心理的安全性の高い人間関係が意図的に作られている。失敗を恐れず意見を言える環境が整備されている。
そして3つ目が、最も重要な「シェアリングリーダー育成」である。「シェアリングリーダーとは、“想いを共有し、周囲によい影響を与えるリーダー”のことです」と加藤氏は説明する。社長や経営層の理念や想いを、自分の言葉で解釈し、自らが体現者となって、自分のチームや部署のメンバーに伝えていく。まさに情熱を熱伝導させる伝道師のような存在だ。
多くの経営者が「自分の言葉が現場の隅々まで届かない」と嘆くが、社員数が増えれば物理的に限界が来るのは当然だ。社長が一人で叫んでも、その声は空回りしてしまう。
しかし、シェアリングリーダーがいれば話は別だ。社長がまず10人のシェアリングリーダーを育てれば、その10人がそれぞれのチームの10人に想いを伝えることで、100人に伝播する。この波及効果によって、組織全体に理念が浸透していくのである。
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