裏方の脇目と、設計者のプライド──hacomonoに学ぶBizOpsの矜持:ビジネスとITを“動かす”仕組み──BizOpsという選択肢
BizOpsは戦略と現場をつなぐ要だ。hacomono中嶋氏の実践から、正論より「組織が動く」構造設計の重要性を学ぶ。裏方の脇目と設計者の矜持を併せ持ち、事業を推進する実行装置の姿に迫る。
第1回:BizOpsとは何か? 構想と現場をつなぐ、事業成長の“実行装置”
第2回:戦略が動き出す仕組み──LayerXに学ぶBizOps設計のリアル
第3回:「複雑さにあらがう“設計者たち”」――マネーフォワードに学ぶBizOpsの実践構造
第4回:摩擦を解像度でほどく―jinjerに学ぶBizOpsの現場知
第5回:IPO前夜に効く「CorpOps」――“泥を啜る”現場の実装論
BizOpsは、これまで「なんでも屋」や「つなぎ役」とされてきた役割に、戦略的な意味と構造を与える職能です。
戦略と現場、構想と実行、データと感情。その「あいだ」をつなぎ、仕組みを設計し、現場を動かす──その存在感は企業の中で確実に高まっています。
前回は、一般社団法人BizOps協会理事の村本氏を迎え、IPO前夜における「CorpOps」の思想と実装論を描きました。経営の意志を仕組みに翻訳し、統制とスピードを両立させる構造設計のリアルを確認できたと思います。
今回は視点を変え、「オペレーションそのものが事業の命脈を握る」という現実に向き合います。
取り上げるのは、ウェルネス業界向けSaaS「hacomono」を展開する株式会社hacomonoのBizOps部マネージャー、中嶋牧子氏。オイシックス・ラ・大地でEコマースのオペレーション部門を統括し、上場やM&Aといった組織の変曲点を経験した後、2022年にhacomonoへ転じました。「BizOps」という言葉に初めて触れたのは転職時だったといいますが、それまでのキャリアで積み上げてきた「届けるためのオペレーション設計」は、BizOpsそのものでした。
裏方でありながら、事業の死活を左右する存在──そのBizOpsが持つべき矜持と構造を、hacomonoの実践から紐解きます。
第1章:誰もが正しく努力しているのに、噛み合わない
未回収債権──どの企業にも一定数存在する、「誰もが課題だと知っているが、誰も本気で拾わないボール」の典型です。
経理は入金の異常を察知する。しかし回収アクションを起こすのは営業の役目だとされている。一方で営業にとって、債権回収は自分たちの数字にはならない仕事です。表向きには「やります」と言いつつも、優先順位は静かに下がっていく。経営としては「入金されなくて困る」のに、現場では誰もそのボールを本気で拾わない。
この膠着(こうちゃく)状態は、誰かの怠慢で起きているのではありません。各部門がそれぞれの合理性に基づいて動いた結果、構造的に「落ちるボール」が生まれているのです。
新サービスの立ち上げ時にも、同じ構図が現れます。情報が飛び交うなかで「今、何が正の情報なのか」を誰も整理できない。カスタマーサクセスはオンボーディングの準備をしたいのに、サービス仕様がまだ流動的で着手できない。営業は売りたいが、渡すべき資料が確定していない。
中嶋氏は、この摩擦の根にある不在をこう指摘します。
「フロント部門には“お客様のため”という伝家の宝刀がある。バックオフィスには法律やルールというよりどころがある。でも、その間に立つ私たちには、よりどころがないんです」
フロントにもバックにも属さない「あいだ」の領域。そこに構造を差し込み、組織を動かすこと──それがhacomonoのBizOpsが日々向き合っている課題です。
第2章:正しさではなく「動くこと」を設計する
hacomonoのBizOps部は、運用を担うオペレーションチームと、部門横断でプロセスを構築する企画チームの二層構造で構成されています。中嶋氏がマネージャーとして統括するのは、その両方です。
債権回収の問題に対し、中嶋氏が選んだのは「営業に押しつける」という正論ではありませんでした。
「セールス側のメインミッションは債権回収ではない以上、概念的に“回収まで見てね”と伝えても、優先順位は変わらない。だったら、オペレーション側で切り出してやりきる方が、組織として回る」
入金を確認し、メールを送り、電話をかけ、それでもだめならもう一度電話をかける。内容証明を送る判断、債権回収会社への委託検討、貸し倒れ認定のフロー整備──。それらを「営業の仕事」として放置するのではなく、BizOpsのオペレーションとして構造化し、やりきる体制を整えたのです。
これは調整ではなく、構造設計です。「誰がやるべきか」ではなく「どこにオペレーションを置けば、組織として動くか」を設計し直す。正しさではなく、「動くこと」を起点にした再設計なのです。
中嶋氏はこの姿勢を「攻め」と表現します。
「守りに振ったオペレーションは組織を形式化させ、息の根を止めるほどの力を持ってしまう。売上が上がらないこと自体が会社にとってリスクなので、意識的に攻めの気持ちでいなきゃいけないと思っています」
オペレーションが持つ力を、統制ではなく推進の方向に使う。守りが必要だとわかっているからこそ、あえて攻めに重心を置く──この自律的なバランス感覚が、hacomonoのBizOpsを支える哲学です。
第3章:デッサンのように線を引く──翻訳者としてのBizOps
新サービスの立ち上げにおいて、BizOpsが直面する最大の困難は「型化できないこと」です。値付けが変わり、サービス内容が変わり、売り方が変わる。変更可能なパラメーターが多すぎて、一つのプロセスを確定させることが構造的に難しい。
中嶋氏は、そこで求められる構えをこう語ります。
「一発できれいな線を引こうとしなくていいんです。デッサンのように、何本もの線をざざざっと引いていくと、最後になんとなく形ができる。翻訳もそう。スマートな翻訳ができなくてもいい。それらしい周辺の言葉を使って、伝わればいい」
この言葉には、BizOpsが現場で発揮する「解像度」の本質が凝縮されています。
中嶋氏にとっての転換点は、前職時代に経営会議の場を見学する機会を得たことでした。そこで目にしたのは、「決まっていないことを議論している」光景だったといいます。
「え、決まってないの?と最初は思いました。でも、議論を進めていくうちに、だんだんサービスの形が固まっていく。名前が決まっていく。そのプロセスを見て、ああ、みんな手探りでちゃんと何かを生み出そうとしているんだと気づいたんです」
それまで「無理難題を投げつけてくる仮想敵」だと思っていた経営レイヤーが、実は同じように汗をかいている仲間だった──この気づきが、中嶋氏の翻訳者としてのスタンスを決定づけました。
現場の困りごとを「コストに換算して」経営の言葉で伝える。経営の構想を「運用の手順」に分解して現場に届ける。その翻訳に必要なのは、華麗なフレームワークでも最新ツールでもなく、現場の解像度の高さと、「正解っぽいことをバシーンと言わなくてもいい」という勇気です。
誰も正解を知らない。だからこそ、「こうだと思います」を積み重ねて、みんなで正解に近いところを作っていく──その感覚を持てることが、BizOpsの翻訳者としての資質なのです。
第4章:裏方の脇目と、設計者のプライド
中嶋氏は、BizOpsに必要な資質を3つ挙げます。「仲間を作れること」「現場解像度が高いこと」「落としどころを見つけられること」。
「仲間」とは、仲良しの友人ではありません。「巻き込める人を作る」ことです。部門間のコンフリクトに立つとき、「誰が悪い」ではなく「仲間として議論する」という姿勢を崩さないこと。そして「落としどころ」は、100点の正解ではなく、関係者が納得して前に進める現実的な着地点を指しています。
興味深いのは、中嶋氏がBizOpsの本質を「自己消去」を含む役割として捉えていることです。
「BizOpsは、何かを実現させるhowの部隊です。実現すべきwhat──サービスや売上目標──がなければ存在しない。本質的にはオペレーションで悩むことなく何かが実現すれば、それが一番いい」
howに専門性を置く以上、whatがなければ存在意義を持たない。理想的には、BizOpsの介在が意識されない状態こそが「うまくいっている」ということでもある。しかし、だからこそ危うさも潜みます。オペレーションは事業の息の根を止められる力を持っています。その力を統制の方向に使えば、組織はいくらでも硬直化できてしまう。
中嶋氏は、この矛盾に対する処方箋をこう表現しました。
「裏方であることの脇目と、構造を設計するプライド。この二つを同じくらいの重さで持っていないとダメなのかなと思っています」
BizOpsとは、組織の名前ではなく、マインドの名前である──中嶋氏はそう言い切ります。問題が解決されることが全て。自分たちは事業という機械を動かすための部品であり、しかしその部品がなければ機械は止まる。その自覚と矜持の両立が、BizOpsという仕組みに血を通わせるのです。
第5章:仕組みには、組織の姿勢があらわれる
hacomonoのBizOpsが教えてくれるのは、仕組みとは単なる効率化の道具ではなく、「組織がどう在りたいか」を映す鏡だということです。
未回収債権の回収フローを「営業の仕事」として放置するか、BizOpsの構造として引き取るか。新サービスの情報混乱を「仕方ない」と諦めるか、議論の俎上(そじょう)を設計し、情報が集まる場所をつくるか。その一つひとつの判断に、組織の姿勢があらわれます。
「一発できれいな線を引かなくていい」──中嶋氏のこの言葉は、BizOpsの実務者にとって大きな励ましになるでしょう。正解を一発で出すことよりも、デッサンのように何本もの線を引き続けること。誰の功績にもならない「あいだ」の仕事を、再現性のある構造として少しずつ積み上げていくこと。
戦略を動かすのは、意志ではなく仕組みです。そしてその仕組みには、組織の姿勢があらわれる。
裏方の脇目と、設計者のプライド。その両方を同じ重さで抱きながら、hacomonoのBizOpsは今日も「あいだ」に構造を差し込み続けています。静かに、けれども確かに、事業を動かし続ける実行装置として。
次回予告
次回は、連載の視点を「企業の中のBizOps」から「BizOpsという職能そのもの」へと広げます。 いい仕事をしている人がいるのに、その役割に名前がないから設計できない、評価できない、再現できない──多くの組織で静かに繰り返されてきたこの構造的損失に、「BizOps」という言葉は何をもたらしうるのか。 「なんでも屋」はなぜ見えなかったのか。そしてその見えない仕事を「専門職」に変えるために、何を設計すべきなのか。前後編でお届けします。
著者プロフィール:望月 茉梨藻(もちづき まりも)
1990年生まれ。神奈川県在住。マニュアル制作会社での制作ディレクションを経て、2017年に株式会社ビズリーチ入社。営業基盤の再構築やSalesforce運用を担当した後、株式会社スマートドライブにて、上場前後の成長フェーズにおける事業部横断の業務設計やSaaS導入・定着支援を推進。2022年よりフリーランスとして独立し、現在は一般社団法人BizOps協会の理事を務める。BizOpsの専門性確立と普及に取り組むとともに、実務者として複数企業の業務構築・運用改善に従事。ライターとしても活動しており、ビジネス、組織論、ジェンダーといったテーマを中心に、構造的な課題への眼差しと現場感を交えた視点で発信している。
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