【第4回】「何を」定めるか:イノベーションコンセプト入門
顧客は製品やサービスそのものを欲しくて購入するわけではありません。購入する目的、つまりベネフィットを得る期待感に対して対価を支払うのです。
「何を」とは顧客の便益(ベネフィット)であり、価値を提供する製品やサービスです。どんなベネフィットをどの製品やサービスによって満たすかを定めることです。顧客は製品やサービスそのものを欲しくて購入するわけではありません。購入する目的、つまりベネフィットを得る期待感に対して対価を支払うのです。
例えば、東京都内の地下鉄事業のベネフィットは何でしょうか。もちろん地下鉄に乗りたいだけでチケットを購入するのではなく、距離を効率よく移動する、お手軽な移動手段の購入となります。この場合、その他の考えられる選択肢はタクシーであり、都バスとなるでしょう。
同様にミントタブレットを購入する人は、ミントがほしいのではなく、「口臭で他人に迷惑をかけない自分」や「リフレッシュな気分」などの期待感を得るために購入します。また米国で4分の1インチドリルが売れたのは、ユーザーがドリル(製品)を欲したからでなく、4分の1インチの穴(ベネフィット)を欲したからです。
いつでも、自社が提供する製品やサービスは、顧客にとって特有のベネフィットを提供するための手段として位置づけます。固有のベネフィットのために「何を」提供すべきなのか、が問い掛けです。この問い掛けに基づいて具体的な製品、サービスの詳細や「どのように提供するか」を決定します。
ベネフィットの実現を目的とし、その後で、製品やサービスによってベネフィットを実現するための手段を考えるというプロセスになります。その上で四則演算を行い、製品やサービススペックを足し引きするのか、掛け合わせ、かつ割るのかを定めます。製品サービスの詳細は、個別の要素を足したり引いたり、掛け合わせたり割ったり(+/−/×/÷)して調整していきます。
QBハウスは引き算
業界で提供しているサービスを極端にそぎ落とし(−引き算)、顧客の核心ニーズに絞り込むことでシンプルな価値を提供する方法もあります。例えば10分1000円のヘアカット専門店QBハウスでは、スピード散髪による時間の節約というベネフィットを設定し、徹底した引き算を実践しました。最短時間で最小限のカットのみの提供であり、シャンプーやひげ剃りなどの「過剰サービス」は廃止しました。QBハウスの各店舗では、自動チケット販売機を設置することで申し込みの手間を省き、機能的な店舗デザインにすることで低コスト運営を可能にしました。
製品サービスを足したり掛け合わせたりすることで、顧客への提供価値を拡大させた例も数多くあります。(+/×足し算掛け算)製品でいえば、テレビとDVDレコーダー、シャープペンシルとボールペンなどです。サービスでいえば、酒類販売と無料配達を組み合わせたカクヤス、オフィス用品から日用品まで販売製品の拡充を行ったアスクルなどが挙げられます。アスクルでは、事務用品以外の売り上げは全体の4分の3くらいだといわれます。
顧客から見て価値があるか
もちろん、ただ要素を足したり引いたりすればいいわけではありません。どの要素を製品やサービスとして組み合わせるかを決めるためには、すべては「誰に」提供するか、つまり顧客から見て価値を生むのか否かが第一です。その上で、売り手の視点から提供する仕組みを実現することです。
「何を」では、ベネフィットの位置づけを変えることで、イノベーションを生み出します。ポーター賞(イノベーション企業に贈られる賞)を受賞した青山フラワーマーケットでは、製品自体では差別化が難しい花をライフスタイルの一部として位置づけました。通常ではイベント向けに法人顧客への販売が主体である花市場で、個人向けに花のある生活スタイルの提案です。ギフト向けの赤いバラではなく、旬のものを仕入れることで、手ごろな価格も実現しました。また、持ち帰り可能な手ごろなブーケという新しい商品カテゴリーも作り出しました。
また大企業の新規事業の場合、既存事業との相性なども「何を」提供すべきかに大きな影響を与えます。かつてのユニクロは野菜販売事業にも乗り出しましたが、工業製品のように計画生産できないことを理由に、一年半で撤退を表明しました。またかつてのDellは米国でオンラインショッピングサイト「Gigabuys」として周辺機器の小売事業を始めましたが、ダイレクトモデルの強みであるスピードや低価格を生かすことができず、事業として成果を出せませんでした。
次回は「どのようにして提供するか」について述べます。
著者プロフィール
岩下 仁(いわした ひとし)
バリューアソシエイツインク代表。戦略と人からグローバル化を支援する経営コンサルティングファーム。主なサービスは、マーケティング戦略、事業戦略、市場参入など。スペイン、INSTITUTO DE EMPRESA経営大学院、International MBA。Factsに基づいたアプローチを軸に、マーケティング戦略や新規事業企画に強みを持つ、トリリンガルなビジネスコンサルタント。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.