数年前から新訳本ブームが続いている。ドストエフスキー著「カラマーゾフの兄弟」(亀山郁夫訳)やレイモンド・チャンドラー著「ロング・グッドバイ」(村上春樹訳)が火付け役となり、海外文学や古典などその範囲はさらに広がりを見せている。これまでの翻訳本は言い回しが古く読みにくいものが多かったが、新訳は現代的な表現にアレンジされているため、読者にとってはそれほど身構える必要はなくなったといえる。
本書は新訳ならぬ「超訳」である。超訳とは、意訳をさらに推し進め、訳文の正確さを犠牲にしてでも読みやすさや分かりやすさを優先させる翻訳手法である。ドイツの哲学者、フリードリヒ・ニーチェについては、これまで日本でもさまざまな翻訳本や解説書が刊行されてきたが、もともと内容が難解な上に訳書ならではの表現を用いているため、ついには理解できずに挫折したという読者も少なくないだろう。本書はその苦い経験を払拭し、ニーチェに対するイメージを刷新する1冊になるかもしれない。
そもそもニーチェは、主義主張が明確であり、多くの物事に対して批判的であり、人間の本質に迫るようなことなどから、アドルフ・ヒトラー率いるナチスの思想の土台となった、ニヒリズムの哲学を流布させた、反ユダヤ主義だったなどのイメージをもたれている。しかし本書によると、ニーチェの思想がヒトラーやナチズムに影響を与えたというのは大きな誤解であったし、ニーチェはニヒリズムの哲学者ではなく、ニヒリズムを批判したのがニーチェだったという。
本書は、「己」「喜」「生」「心」「友」「世」「人」「愛」「知」「美」について、232の格言から構成されている。どれもがニーチェの“人間的な”部分を映し出しており、現代のわたしたちの生活においても示唆に富んだものとなっている。不安定な経済環境によって先行きが不透明な今、古典あるいは古人から改めて学ぶことは多いはずだ。「ニーチェの言葉」は、混沌としたこの時代に対して一服の清涼剤となるであろう。
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