然るべき模範に――「ヨーロッパ戦後史」:経営のヒントになる1冊
混沌とする社会情勢において全世界が優れた先導者を求めている。この21世紀をけん引するのは誰か。アメリカでも中国でもない、ほかならぬヨーロッパである。
わたしたちは「ヨーロッパ」に、また「戦後」にどんなイメージを持っているだろうか?
ニューヨーク・タイムズ紙「2005年最良の本」の1冊に選ばれた本書を読み始めた途端、それまでの漠然としたイメージは吹き飛ばされ、数字に基づく事実によって強烈な輪郭が描き出される。戦争が終わったとき、ヨーロッパの都市の多くは破壊され、全土では3650万人の死者を数えていた。敗戦国ドイツやイタリアだけではなく、勝者側であるはずの連合国フランスやイギリスにとっても、戦後とは瓦礫の灰の中からよみがえろうとする再出発だったのである。
著者は戦後生まれ、団塊の世代のイギリス人である。上流階級の出身でもなく、奨学金を始めとする国の福祉政策のお世話になったことを、本文中でもちらっと触れている。ケンブリッジ大学を卒業後、パリの高等師範学校に留学し、今では研究の場をニューヨークに構えるトニー・ジャットは、ヨーロッパ戦後史を書くのに最適の歴史学者と言えるだろう。
上巻は1960年代までの奇跡的な経済復興、社会民主主義の季節、若者文化の登場までを生き生きと語る。しかしその熱狂の最中で「ヨーロッパは終わった」と断ずるところからが、本当の読みどころかもしれない
下巻は、変動相場制への移行とオイルショックに始まる。停滞と失意の底でもがく西欧は、新たな現実主義を選択して、いかにして独仏を軸にしたヨーロッパ統合へと向かったか。サッチャー政権の現実主義は古いイギリスを変え、同時に中東欧の国家社会主義は崩壊へ向かって行く。もはや、ヨーロッパに未来はないのか?
いや、ジャットは本書をこう結ぶ。「アメリカは最大の軍隊をもつだろうし、中国はより大量に、より安価な商品を生産するだろう。だがアメリカも中国も、世界全体が見習うべき具体的なモデルを提示できなかった。その直近の過去の恐ろしさにもかかわらず、今や自らの犯した過ちの繰り返しをどう避けるかについての謙虚な助言を提供する独特の立場にあるのは、ヨーロッパ人である」。アメリカの20世紀、そしてヨーロッパの21世紀なのだ。
国際政治学者の岩間陽子氏は、本書をこう評した。「ジャットの価値観に異を唱えることはできる。だが、彼の描いた物語に匹敵するほどの大きさで、別の物語を描くことは、そう簡単にはできはしない。私は、生きている間にそのようなものに出会えるチャンスは、きわめて少ないと感じている」(読売新聞、2008年11月4日)。
読書を満喫しつつ、幅広い見識を得られる本である。
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