本書は、2010年に逝去した歴史家、トニー・ジャットが米国の文芸誌「New York Review of Books」などに発表した書評を集大成したエッセイ集。
1948年に英国・ロンドンで生まれたユダヤ系イギリス人であるジャットは、現代ヨーロッパ史を専門とし、2005年に出版された「ヨーロッパ戦後史」(みすず書房、上下巻)は日本でも翻訳され、一躍その名が知られるようになった。1988年以降、米国に移住し、ニューヨーク大学で亡くなるまでフランス社会史や西欧思想史などを教えていた。
上巻は、20世紀の知識人について言及されている。マルクス主義、ファシズムなどの重要問題について知識人たちは何を考え、どう行動したか、ジャットの鋭い知性は容赦なく評価を下す。また、ジャットは「オリエンタリズム」などの著書で有名なパレスチナ系アメリカ人の文学研究者、エドワード・W・サイードを継承する知識人とみなされていたが、サイード同様の論争的なスタイルは、各章の付記において、書評掲載後にどのような論争が起こったかを読めば、その評価も自ずとうなづける。
下巻は、社会問題や国際政治問題についての分析がなされている。第二次大戦中のフランスから、戦後の冷戦、イスラエル・パレスチナ問題、グローバリゼーション下のヨーロッパ、アメリカと、取り上げるテーマは多岐にわたる。ここでも博覧強記の知性で、大家の作品やベストセラーに対して歯に衣を着せぬ筆致で批判を行っているのが、読む者を痛快な気持ちにさせる。
社会民主主義者を自認するジャットは、一貫して現在の市場の力を過信する「新自由主義」の傾向に警鐘を鳴らし、政府の役割を再評価することを説いているが、単に抽象論にとどまるのではなく、具体的な歴史、社会制度の分析を通じて発言している点に注目したい。
混沌とした時代であった20世紀の潮流を思想的観点から振り返る上で、ぜひとも読んでおきたい1冊といえるだろう。
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