医療制度改革やジェネリック医薬品の台頭などによって、MRの営業強化を迫られた鳥居薬品は、2006年からSAPの最新パッケージを活用して営業支援システムの再構築を進めてきた。柔軟で俊敏性の高いシステムが現場から評価され、データの活用が大きく促進したという。同社情報システム部の斎藤部長は、「会社の規模や業種を問わず、“IT活用の知恵比べ”が企業の優劣を決める時代になった」と話す。
鳥居薬品は設立から90年近い歴史を誇る老舗の医薬品メーカーだ。「世界に通用する医薬品」を合言葉に、蛋白分解酵素阻害剤「フサン」、尿酸排泄薬「ユリノーム」、外用副腎皮質ホルモン剤「アンテベート」、抗ウイルス化学療法剤(抗HIV薬)「ツルバダ」などを提供する。1998年には日本たばこ産業(JT)の傘下に入り、現在は主にJT医薬事業部が研究開発を、鳥居薬品が製造、販売およびプロモーション業務を担当している。
鳥居薬品は基幹系のシステムとして以前からSAPを幅広く採用し、事業強化に取り組んできた。2001年4月にSAP ERPの各モジュール、財務会計(FI)および管理会計(CO)を稼働させたのを皮切りに、2004年5月には販売管理(SD)と在庫管理(MM)、2006年4月にはプロセスの生産計画・管理(PP-PI)と品質管理(QM)を相次いで稼働させている。
基幹系にパッケージを導入し、ヒト、モノ、カネの流れが把握できるようになったが、医薬品業界を取り巻く状況はこの数年で激変した。医療制度改革だ。2003年4月から高度な医療などを提供する特定機能病院で診断群別包括支払い制度(DPC:Diagnosis Procedure Combination)が始まった。DPCは、診療ごとに計算する従来の「出来高払い方式」とは異なり、入院患者の病名や症状を基に厚生労働省が定めた1日当たりの診断群分類点数を使って医療費を計算する新しい「定額払いの会計方式」を採用する。言い換えれば、医薬品が病院経営上のコストとなったのだ。そうなると、病院はむやみに高価な薬を使用できなくなる。ジェネリック医薬品(後発医薬品)などの安価な薬の台頭も、鳥居薬品のような先発医薬品メーカーには競合となっている。
また、医師の診察に差し障るなどの理由から、医薬情報担当者(MR:Medical Representatives)の病院への訪問規制も厳しくなった。
「やみくもに訪問すれば売り上げが増えるという時代は終わった。短時間の訪問で医薬品を訴求するためには、各病院の状況や病院経営者、医師、薬剤部の考えを正しく把握しなくてはならない」と話すのは、鳥居薬品の情報システム部を率いる斎藤尚部長だ。
鳥居薬品が着目したのが、営業系および情報系のシステムをうまく活用して効率的な営業活動を展開することだった。これまで使っていたシステムはSFAとナレッジマネジメントが連携しておらず、MRが活動報告を入力しても得られるものがなく、必ずしも有効に活用されてはいなかった。
「報・連・相(報告・連絡・相談)の励行は大きな成果を生む。データ入力に対して上司がコメントを返す、いわばOJTとセットで営業支援システムの再構築を検討した」と斎藤氏は話す。
システム選定に際し、既に基幹系で採用実績のあったSAPの導入を決める。具体的には、2006年11月から企業ポータルシステムとして「SAP NetWeaver Portal 7.0」、顧客管理システムおよびコールセンターシステムとして「SAP CRM 5.0」、経費精算システムは「SAP ERP 6.0」で会計システムと連動させ、MRの実消化実績の把握と営業分析には「SAP NetWeaver BI 7.0」を導入した。加えて、2007年12月にはBIの検索、分析スピードを高速化する「SAP NetWeaver BI Accelerator(BIA)」を稼働した。
「活動報告を入力すれば、成果やナレッジが得られる営業支援システムを目指した。狙いは、平均的なMRが仕事のやり方を変え、その質の向上に生かしてもらうことだ」(斎藤氏)
教育とセットになった新しい営業支援システムは、現場のデータ活用能力を向上させることに成功。現在では、MR、全国の支店スタッフ、本社各部門など730名が活用するまでになったが、その検討や構築プロセスにおいては大きな問題があったという。
「すんなりとSAP CRM 5.0のパッケージ導入が決まったわけではありません。営業企画部長をリーダーにプロジェクトを立ち上げ、7カ月にわたり現状分析や概要検討を行いましたが、いよいよ意思決定という段階で、パッケージ導入を推進する人たちと一からスクラッチ開発すべきとする人たちに分かれて大議論となりました」と斎藤氏は振り返る。
SAPのポータルの使い勝手の良さや機能は、営業企画部門で高く評価されたが、「これをスクラッチで開発してほしい」と求められたという。これまで通り、自由にカスタマイズできることを望んでいたからだ。
最終的には、顧客データベースの機能性や、将来にわたるメンテナンス性を評価し、パッケージを選択したが、情報システムに関する意思決定は、誰に委ねられるべきか、多くの企業でしばしば問題となる。鳥居薬品のプロジェクトチームでも、業務部門と情報システム部門のバランスが図られていたために結論が得られず、社長の判断を仰いだが、「議論を尽くして、合意を形成するように」と求められた。
「日本の企業では現場の発言力が強く、どうしても個別最適になりがちで、そのため数年ごとのシステム再構築に追われることになる。ITの効率的な活用には、長期的な視野、つまりITガバナンスが欠かせない。今回導入した一連のパッケージは、すぐには陳腐化しないSAP NetWeaverというプラットフォームが土台となっており、変化に対応できる柔軟さも併せ持っている」と斎藤氏。スクラッチか、パッケージか、という議論は終わり、柔軟性を兼ね備えたプラットフォームを活用する時代に入ったことを強調する。
―― 鳥居薬品はSAP製品の活用度が実に高いです。どういったところに利点を感じているのですか?
斎藤 これまで不可能だと思われていたことがSAP CRMで実現されていました。そのひとつが顧客データベースの機能性や柔軟性の高さです。例えば、ある病院に営業する際に、抗HIV薬は本社の専門領域チームが、それ以外の商品は支店のMRが担当するといった細かなルール設定はこれまでの顧客データベースでは対応できませんでした。SAPは基幹系システムが広く認知されていますが、CRMなどの業務系システムを利用して改めてSAPのアーキテクチャーのすごさを実感しました。
―― SAPのユーザー企業の中には、現場のニーズに合わせ、膨大なアドオンを開発、結果的にシステムを複雑にしてしまうというケースも見られます。鳥居薬品の営業支援システムでもアドオン開発はありましたか?
斎藤 はい。ただしSAP CRMは標準機能がかなり細かい部分までよく出来ているので、数本のアドオン開発で済んでいます。
今回導入した営業系システムの中でも特に斎藤氏が評価するのが、BIAのレスポンスの速さだ。2007年8月から3週間、HPのコンピテンスセンターで本番データを使用して検証したところ、従来1分以上かかっていた処理が数秒で完了するなどBIのレスポンスが大きく改善される結果が出た。斎藤氏は「優れたBIには、使いやすいレポート設計、ユーザーの操作性、そして高速なレスポンスが必須だ。これでデータの活用性は高まる」と強調する。実際にBIAを導入して以来、現場ではさまざまな分析パターンを社員自らがつくり、活用が広がっているという。
また、これら一連のビジネスツールを支えるプラットフォーム、SAP NetWeaverについても聞いてみた。
―― SAP NetWeaverのどういった点に魅力を感じていますか?
斎藤 データ活用や業務プロセスの新たなニーズに柔軟に対応できるという点です。その点では、SAP NetWeaverが土台となった新しいSAPのパッケージは、基幹系よりもむしろ業務系で恩恵が得られるのではないでしょうか。わたしたちの現場では短期間で業務プロセスを変更することが日々求められるため、柔軟性は非常に大切な要素です。SAP NetWeaverはJava、XML、Ajaxなどの幅広い要素技術の集合体でもあり、新しい商材に合わせた使いやすい入力画面の開発なども容易かつ低コストで実現できます。
もはや先進的なグローバル企業だけでなく、規模の大小を問わず、ベストプラクティスと柔軟性を併せ持ったSAPのプラットフォームを活用する時代に入った。鳥居薬品の活用事例は、それを強く印象づける。
「意思とやり方次第で優位性を高めることができる。これからは、国や会社の規模、業種を問わず、“IT活用の知恵比べ”が企業競争の勝敗を左右する時代になった」と斎藤氏。
―― 欧米企業に比べ、日本企業はITの効率的な活用が苦手だとされています。どこにその原因はあるのでしょうか?
斎藤 例えば製薬業界では、ITにまつわる業務を積極的にアウトソースしてきた経緯があり、それが足腰を弱めてしまったのかもしれません。鳥居薬品も例に漏れず、わたしが3年前に着任してきたとき、サーバの運用からヘルプデスクまでアウトソーシングする方向性だったのを転換しました。情報システムを安定稼働させ、質の高いサービスを提供するためには、他力本願のアウトソースではうまくいくはずがありません。そうではなく、最新の技術を習得して自社で活用できることが重要だと考えています。加えて、長期的な視野でのITガバナンスが不可欠ではないでしょうか。部門縦割りのシステム選定、コンポーネント単位での採用では、個別最適あるいは数年ごとの再構築になってしまいます。少ないリソースを効率化する全体最適の考え方が必要です。
斎藤氏がこうしたことを意識するようになったきっかけは、ナレッジマネジメント(KM)に関する異業種での情報交換会と、医薬品業界内の営業系システムに関する情報交換会に参加して、いろいろな企業の人たちと話をするようになったことだという。
「情報交換会に参画する企業には、横のつながりを広げて、各社の取り組みやベストプラクティスを共有する考え方や気風があり、情報システムを導入あるいは活用する上でお互いに向上する。大切なのは、社内にこもらず、直接的に刺激を受ける土俵に入ること」と斎藤氏は話す。
―― 1990年代に多くの日本企業が、効率化を理由に情報システム部門を縮小したり、子会社化を図りました。今後、景気の先行きが不透明になる中、さらに企業の情報システム部門の弱体化が進むのではと懸念されます。
斎藤 確かに、不景気になると経営者がIT投資をしぶるようになります。このままでは日本の国際競争力が低下し、ますます差がついてしまいます。ITの適用領域が従来と比較にならないくらい広がっているので、ITベンダーのようなパートナー企業の協力を仰ぐ必要がありますが、何でも任せてしまうのではなく、自社でも対応できるだけの足腰をつくらなくてはなりません。自社運営比率を高めることが重要です。プロジェクトマネジメントも同様で、自社で取り組むべきです。
良い事例を紹介しましょう。JTのグループ企業のひとつであるJapan Tobacco International(本社:スイス・ジュネーブ)では、プロジェクトマネジメントをはじめERPの導入もすべて自社が主導権を握って進めています。システム更新の期間とビジネスプロセスの変革に費やす期間を交互に明確に定め、新技術を導入するIT環境整備と業務変革を向上させています。利用する技術を新しくすることの価値と、IT活用の主目的たる業務変革の両方を確実にものにするやり方だと思います。欧米で成功している企業では、このような方針を定めているところが多く、日本とは違うように感じています。
―― プロジェクトマネジメントも日本人にとっては苦手意識が強く、欧米と比べて教育もあまり進んでいません。特にITの分野では遅れているのではないでしょうか。
斉藤 プロジェクトマネジメントを、何か資格を取得することと勘違いしている人がいますが、特定の型はありません。失敗経験と多面的なコミュニケーション能力、技術に対する理解力、リスクへの直感力などでプロジェクトを成功に導くことだと思います。鳥居薬品では、部下のプロジェクトマネジメント能力の育成には特に力を注いでいます。まずは小さなプロジェクトから始め、コストと期間、品質を管理する訓練を行い、能力を伸ばそうと考えています。
1998年から、研究開発主導型医薬事業を目指す日本たばこ産業株式会社(JT)グループの一員となり、新薬の研究・開発をJT、製造・販売を鳥居薬品が担うというビジネスモデルを確立。蛋白分解酵素阻害剤から尿酸排泄薬、抗ウイルス化学療法剤(抗HIV薬)まで、先発医薬品を幅広く展開する。
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提供:SAPジャパン株式会社
企画:アイティメディア営業本部/制作:ITmedia エグゼクティブ編集部/掲載内容有効期限:2008年9月17日