資生堂は現在、システムのグローバル統合プロジェクトを進めている。その狙いは、2017年に売上高で1兆円を達成するとの同社の経営戦略を実現するための、システム基盤の整備にある。このプロジェクトにおいて、IBMはパートナーとして参画。過去のグローバル企業へのERP導入経験を踏まえ、さまざまな面から同社のシステム構築に取り組む一方で、自身も真のグローバル統合企業を目指し、これまで15年の歳月をかけて進めてきた変革の集大成として、全世界規模でグローバル統合プロジェクトに取り組んでいる。資生堂とIBMの取り組みで共通するのが、システム統合を通じて、業務プロセスやデータを標準化する点である。
企業のグローバル展開が加速する中、いち早く海外進出に経営の舵を切ったのが日本を代表する化粧品メーカーの資生堂である。その歴史は、1957年の台湾への進出にまでさかのぼり、以来、同社は中国やアジア諸国、欧州、米国などへ積極的に進出。2010年12月時点で日本を含む83の国と地域でビジネスを展開し、2010年度の連結売上高6442億円のうち、海外での売上が占める割合は36.9%に達するほどだ。
そんな同社のビジネス戦略の土台となっているのが、2007年に策定された経営戦略だ。具体的には、営業利益率12%超、海外売上比率50%超を実現すべく、2017年までを3つのフェーズに分け、各フェーズで定められた個別目標の達成のため、IT基盤の整備をはじめとした活動に取り組むというものである。
この経営戦略を推進する上で、資生堂が重要なテーマとして位置付けたのがITシステムのグローバル統合であった。国内では2006年からのSAP ERPの導入により複雑化・肥大化したシステムが抜本的に刷新されつつあった。だが、国外に目を転じると拠点ごとにシステムが個別に構築され、このままではグローバルでの経営情報のリアルタイムな把握が難しく、市場の変化に迅速に対応したビジネス戦略を遂行することが困難だと考えたからだ。
その解決に向け、資生堂ではグローバルでのシステム刷新プロジェクトに着手。2007年10月からは日本IBMも交えて手法について議論を重ね、最終的に統一パッケージのグローバル展開を選定した。業務プロセス、システムの標準化や導入、保守の効率性、本社からのガバナンスの効かせやすさを考慮すると、この手法が最適と判断され、「OneModel」と名付けられたSAP ERPをベースとしたテンプレートの作成を通じてシステムの統一化を図ることを決定したのである。
資生堂は、OneModelというグローバル共通テンプレート作成にあたり、まず、本社でデータ、業務プロセス、システムに関する標準化方針を策定した。データの標準化については4つのレベルを設定するとともに、データ・オーナーの役割も定義。業務プロセスの標準化については(1)全世界、(2)各地域、(3)各国、の3段階にレベルを分けて実施した。
それに基づき、欧州でモデルを作り、その後、他の国や地域に展開することを決定。もっとも、欧州と言っても、フランス、ドイツ、イタリアなどさまざまな国が存在し、業務プロセスが各国ごとに異なることに加え、言語や文化に起因する考え方の違いもあり、プロジェクトの「壁」として立ちはだかった。この状況を乗り越えるべく、資生堂は、IT戦略を改めて整理し直し、「IT組織体制、制度・運用のグローバルでの再構築」、「基幹系システムへの優先的な資源配分」など7項目から成るルールを策定し、対応にあたったのである。
なお、資生堂は今回のプロジェクトのパートナーとしてIBMに白羽の矢を立てた。グローバル企業へのERPの導入実績が豊富であり、他社の先例を参考にする際に、さまざまな面で相談に乗ってもらえることを高く評価してのことである。
資生堂では導入を円滑に進めるために、プロジェクトオーナー、プロジェクトリーダーの下にグローバルPMO(Project Management Office)を本社内に組織。PMOが全体の進捗管理を実施するとともに、その下にIT部門とユーザー部門の双方の社員で構成されるチームを置き一定の責任を負わせることで、ユーザー部門を巻き込みつつ現在もプロジェクトを推進している。
OneModelは2010年7月から既に欧州で稼働を開始。その将来に資生堂が寄せる期待は極めて大きい。グローバル展開完了の暁には、出荷情報など各国のさまざまな情報をリアルタイムに一元的に把握することが可能になり、各拠点における意思決定の迅速化が可能になるからだ。また、業務の標準化により人材交流が促進されることで、人材育成の観点からの効果も期待される。OneModelの構築により、いわば業務プロセスとシステムの雛形が出来上がったことで、成長が目覚しい新興国にシステムを素早く展開することも可能となる。
資生堂では現在、中国への導入を進めており、その後、アジアや米国にも横展開する計画だ。
資生堂の取り組みからも伺えるように、企業がグローバル展開を進めるにあたっては課題も少なくない。中でも問題視されているのが、各国、各地域にシステムを整備することで、個別最適化したシステムが世界中に乱立してしまうことである。その結果、各国の情報を本社がリアルタイムに入手することが困難となり、また、ビジネスルールも複雑化・多様化することで、全社的な観点から事業効率の低下を招くこととなる。
この問題に対策を講じるためには、業務基盤であるシステムの統合に向けたグローバル規模での刷新を欠くことができない。ただし、この取り組みに着手できている日本企業は、現状ではまだまだ少ないのが実情だ。
日本IBMのグローバル・ビジネス・サービス事業コンサルティング&SI 流通サービス事業部で、資生堂プロジェクトを統括し、これまで数々のグローバル統合プロジェクトをリードしてきたアソシエイト・パートナーの岡田信行氏は、「グローバル競争を勝ち抜く基盤を整えるためには、できる限り早期にグローバルレベルでITを見直すことが欠かせない。しかし、日本企業の多くは現地スタッフの顔が見えておらず、システム整備にあたりコラボレーションする相手さえ把握できていない。これではシステム刷新に手をこまねくのも無理はない」と日本企業の現状を説明する。
では、グローバル展開を通じて新たな成長軌道を描くために、企業はこの課題にどう向き合い、対策を講じるべきなのか。その「解」として注目を集めているのが人、業務プロセス、システムといった経営資源の統合や最適化を支援する事業変革サービス「IBM Global One」だ。
IBMは事業や地域を横断した経営資源の一元化を通じ、グローバルでの企業統合を実現した企業を「Globally Integrated Enterprise(GIE)」と定義。IBM Global Oneはその実現に向け、戦略策定のコンサルティングからSAPによるERPシステムの構築、運用までを一貫して提供するものだ。具体的には、経営資源を棚卸しした上で、同社のコンサルタントが企業戦略と、それを支えるIT戦略を策定。それを基に、各国のIBMがOne Teamとなって統合と最適化を主導する。
「グローバル化をいかに成し遂げるかに悩む企業は想像以上に多い。IBM Global Oneではそのための手法を戦略レベルからITインフラレベルに至るまで具体的に提示する」(岡田氏)
もっとも、グローバル標準化、見える化、統合を推進するにあたって課題も少なくない。多くの企業が抱える問題として、キーとなるデータのコードが統一されていないことが挙げられる。
一方で、岡田氏によると、これまで多くの企業は商慣習などを踏まえ、国ごとに業務プロセスに手を加えるなど、取引先との密な関係を構築することに腐心してきた。だが、安易な業務の変更は、新たな問題を引き起こす。実際、ある企業は現地スタッフに業務プロセス設計を一任していたことで社内プロセスにおける統制が考慮されないまま業務が行われ、大きな問題となったという。
IBM Global Oneで特筆されるのは、「データ、業務プロセス、システムをグローバルで標準化し、一つのインスタンスで運用する」(岡田氏)ことで、これらを実現するための課題を抜本的に解決するアプローチが取られている点だ。その実現に向けたIBMの武器が、数多くの企業にSAPを導入することで蓄積してきたノウハウや技術だ。それを生かし、標準SAPをベースにその企業としてグローバルテンプレートをプロジェクトで構築する、もしくは、IBMのテンプレート「IBM Express Solution」を活用して、より効率的にグローバルテンプレートを構築する。この上に、各国の法定要件、商慣習に必要な機能を盛り込み、グローバルシステムを成長させつつ展開していく。
「グローバル展開にあたっては、まず基本となるグローバルテンプレートを構築し、各国の法定や商慣習要件に対応する機能を追加し、拡張させていく。この時、各国のIBMコンサルタントが適切に対応支援する。その上で、SAPの導入と、周辺システムとの統合作業を現地スタッフと協業で進める。各企業の方針に関わる部分こそ顧客に最終判断を委ねるものの、システム開発は基本的にIBMがすべてを取り仕切ることで、グローバル展開にあたっての言語に代表される各国とのコミュニケーションの壁を解消できる」(岡田氏)
その結果、すでに述べたシステムが個別に構築されていることに起因する業務の非効率性が排され、データのみならず、人、モノ、金などの経営リソースを統合管理することが可能になる。つまり、業務遂行と意思決定のレベルを高められるとともに、それらの遂行速度も高められるわけだ。
実はIBMも10年以上の長きにわたり自らの事業変革を推し進め、その過程では、対立する部門間の意見のすり合わせに多大な労力を費やしてきた。その経験を踏まえ、IBMでは企業文化を変革する「チェンジ・マネジメント」のためのプログラムも提供。「現状分析」から「ビジネスケース策定」「システム化計画」「実装」「定着化」「運用」までの一連のプロセスをサポートすることにより、GIEを目指す企業を支援している。
「業務プロセスを見直すためには社員の意識改革や部門間の調整も不可欠だ。しかも、グローバルでのプロジェクトとなれば、社内の利害関係者も膨大な数に上る。プロジェクトを円滑に進めるためには、“人”にフォーカスを当てた施策も必須だ」(岡田氏)
これまで見てきたとおり、ERPをグローバルシステムとして利用することで、データや業務の標準化を通じて正確かつ迅速な情報収集・分析が可能となり、そこでの将来予測に基づき策定された、世界で統一された戦略やビジネスプロセスを、競合他社に先駆けて実行することが可能になる。その意味で、グローバルシステムは、世界各国の拠点を一元的に把握し、意思決定を下すために欠かせないグループマネジメント基盤とも位置付けられるのである。
岡田氏がグローバル化を推し進める企業に今後の必要性を強調するのが、国境の垣根を越えた人材交流である。各国で事業を展開するには、海外の多様な価値観を企業として共有する必要があるからだ。とはいえ、外国人は早期に離職する傾向が日本人より強く、これまでその登用に消極的な日本企業も多かった。だが、業務を標準化できれば、業務の引継ぎを円滑に行えるなど、人材にまつわるリスクも低減でき、人材のグローバル化も加速できる。
IBMは業務の標準化によって見込まれるこれらのメリットをより多くの企業に享受してもらうべく、「IBM Express Solution」と呼ばれるテンプレートも用意。これからグローバル化に乗り出す中堅・中小企業に対してもIBM Global Oneの提案活動を積極化させている。
「提案段階で、なぜSAPなのかと聞かれる。確かに製品間の目に見える違いはそれほどなくなった。だが、あるシステムを選択すれば当然リスクも伴う。ある程度長い期間システムを利用するために、製品およびそのサポートの存続性と広さは考慮する必要がある。その意味でもグローバルで多く採用されているSAPは最適な選択と言える」(岡田氏)
グローバル化に伴う全社最適化への関心の高まりを背景に、導入が一巡したとみられてきたERPに対するニーズは、改めて高まっているようだ。
「グローバル化の進展に伴い、企業のM&A活動も活発化している。その効果をより早く具現化するためにも、グローバル統合システムは重要な役割を担う。その意味でERPは大いに活用を見込むことができる。グループ全体のマネジメント基盤として、ERPは今後も不可欠な存在であり続けるはずだ」(岡田氏)
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アイティメディア営業企画/制作:ITmedia エグゼクティブ編集部/掲載内容有効期限:2011年7月31日