「研修会――うまくいった話などもう結構だ」:間違いだらけのIT経営(2/2 ページ)
新製品のセミナーや研修会は、ユーザーにとってIT導入を検討するきっかけになると同時に、ベンダーにとっては新規顧客を獲得する絶好の機会だ。それにもかかわらず……。
何のために登壇しているのか
I社が行ったERP(統合基幹業務システム)パッケージ製品に関する研修会でのことだ。このERPがいかに優れているかといった説明の後に、クライアント4社の導入事例が紹介された。導入事例は説得力があった。A社は、商品別原価管理と目標原価管理を導入して損益管理体制を構築した。B社は、老朽化したレガシーシステムを刷新して業務効率向上に成功した。C社は、国内法人とタイ法人のシステムを統合して製販情報を共有化し、管理精度を上げた。D社は、ERP導入がSCM(サプライチェーンマネジメント)導入に結び付いた。
こうした実りある内容だったにもかかわらず、やはり質疑応答は個別だった。
増 「導入事例ではすべてうまくいっているという話だったが、苦労した点や試行錯誤した点なども説明してほしい」
講 「それなりに苦労したと思います」
増 「そう漠然とした話でなく、具体例を話してもらうと参考になるのだが」
講 「どういう話を期待しているのですか?」
増 「ERP導入の成功条件というものがあるはずだ。例えばトップの関与、従業員の意識改革、BPR(ビジネスプロセス改革)など、何が鍵だったのか教えてほしい」
講 「そこまでは把握していません」
そのほか、N社のSFA(営業支援システム)の研修会では、前座的に出てきた若手社員の説明は理路整然として分かり易かった一方で、その後、真打として登壇した中年女性社員の説明が筋道なく、「あー」「えー」「あのー」が多くて聞いている側が疲れたものだ。
「うまくいった」は二の次
以上の経験談でお分かりだろう。研修会はIT導入に重要な影響を与えるにもかかわらず、ベンダーは淡白だし、参加者にも妥協がみられる。
参加者が知りたいのは、IT導入した企業がうまくいったということではなく、その過程でどんな苦労があったかという話である。トップとの折衝や社員の意識改革、業務プロセスの改善などさまざまな課題があったはずである。ベンダー側はカネやヒトを掛けて研修会を開いているし、参加者側も時間などの犠牲を払っている。主催者にしてみれば、新規顧客を獲得する絶好のチャンスなのに、これでは単なる浪費である。
説明内容は講師であるSEなどに任されているのだろうが、研修会の重要性を認識しているのなら、訓練などで説明の質をさらに高め、会社が納得できるレベルに到達させてから登壇させるべきである。
参加者側も研修会を選別して出席すべきだし、出席したからには積極的に質問をぶつけ、成果を得て帰ってもらいたいものだ。IT導入の成功を左右する重要な一因なのだから。
プロフィール
増岡直二郎(ますおか なおじろう)
日立製作所、八木アンテナ、八木システムエンジニアリングを経て現在、「nao IT研究所」代表。その間経営、事業企画、製造、情報システム、営業統括、保守などの部門を経験し、IT導入にも直接かかわってきた。執筆・講演・大学非常勤講師・企業指導などで活躍中。著書に「IT導入は企業を危うくする」(洋泉社)、「迫りくる受難時代を勝ち抜くSEの条件」(洋泉社)。
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