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2011年度予算を決める通常国会が始まった。冒頭、菅首相による所信表明演説が行われたが、首相が何を言ったかよりも、何を言わなかったのかが気になる。自民党の谷垣総裁だったか「都合のいいことだけ言って、都合の悪いことは言わなかった」と評したが、そこがポイントだったように思う。
菅総理が、触れなかったことで非常に大きな問題と思われることが2つある。1つは、「第三の開国」と首相が大見得を切ったところだ。農業の再生には触れたものの、それ以外の市場をどうやって開放するのかということは語らなかった。一方で、先の国会で成立しなかった郵政改革法案(民営化見直し法案)を再提出するのだという。しかし日本郵政グループを「事実上の国営金融機関」に戻すということになれば、これはアメリカからクレームがつくことは必至である。
アメリカにとって日本の市場開放は、牛肉などの農産物自由化だけを意味しない。日本の1500兆円という個人金融資産は、米金融機関にとっては垂涎の的だ。しかし国家の信用をバックにした「国営金融機関」である郵貯や簡保に戻るということになれば、これはアメリカにとって看過できない問題である。「公平な競争」が確保できないとして民営化の推進を強く求めてくるだろう。
連立を組む国民新党との約束から、民営化見直しを止めて元に戻すというのは民主党にとっては「自殺行為」。社民党が連立から離脱し、その上、国民新党まで離脱することになれば、それこそ内閣総辞職が現実味を帯びる。予算関連法案の成立の目途も立たず、衆院で3分の2の議席も遠くなるからだ(頼みの公明党も政府予算案に反対と明言している)。菅総理は何も触れることがなかったが、郵政問題は6月にかけて大問題として浮上してくるはずだ。
もう1つの「触れられざる問題」はGDP(国内総生産)のほぼ2倍に達する国や地方の借金である。「昨年決めた財政健全化の約束も守りました」と演説で述べたが、それは国債の発行高を今年度並みに抑えるということにすぎない。健全化でも何でもないのである。財政をいかに再建するかについて、具体的な方策はまったく示されていない(政策経費を税収で賄うというプライマリーバランスを2020年度までに黒字化という目標はあっても、どうやってそれを達成するかという具体的に道筋を語っていない)。
今回の菅内閣の特徴は、しきりに社会保障を改革し、合わせて消費税を含む税制の改革も行うことを強調していることだ。この社会保障の改革というのが実は「曲者」である。社会保障関連費を5%増やしたと首相は言う。金額で1兆4000億円ほどである。しかし現状では、何もしなければ1兆円以上社会保障費は膨らむ。つまり5%増しといってもそのほとんどは「自然増」なのである。政府にとって本当の課題は、社会保障費をどうやって抑えるのか、それと同時に税収の増加をどう図るのかということなのだ。年金の支給開始年齢の繰り下げ、医療費の抑制といったことが当然、テーマになるだろう。
社会保障を充実させるために消費税を引き上げるなどというのは、ある意味、目くらましといってもいいほどなのである(社会保障の質は低下させるけど、消費税は引き上げますでは、国民を説得できないと言っているに過ぎない)。
問題は、そういった「目くらましの論理」(これは民主党だけではなく自民党でも同じことではあるが)だけでは通用しないほど、借金漬けになった国や地方自治体は追い詰められているということだ。そしてもっと大きな問題は、これに正面から立ち向かおうとする政治家が現れないことである。
菅総理の演説を読むと、「あれもします。これもします」という言い方が目立つ。しかしこの日本の状況を考えれば、「あれも止めます。これも止めます」という姿勢こそ必要なのだと思う。財政の悪化が大問題となっていたイギリスで労働党政権から保守党と自由民主党の連立政権に交代したのは必然でもある。
果たして日本の民主党政権が、現在の流れを逆転させて、財政再建に取り組む政権となるのか、それとも後の世からみれば、借金漬けの日本にとどめを刺した政権になるのか。どちらにしても歴史に名を残すことになるだろうが、菅首相はどちらを選ぶのだろうか。
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著者プロフィール
藤田正美(ふじた まさよし)
『ニューズウィーク日本版』元編集長。1948年東京生まれ。東京大学経済学部卒業後、『週刊東洋経済』の記者・編集者として14年間の経験を積む。85年に「よりグローバルな視点」を求めて『ニューズウィーク日本版』創刊プロジェクトに参加。1994年〜2000年同誌編集長。2001年〜2004年3月同誌編集主幹。インターネットを中心にコラムを執筆するほか、テレビにコメンテータとして出演。2004年4月からはフリーランスとして現在に至る。
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