「『軒先の石ころ一つまで俺のもの』と語った創業者から学んだのは、社長としての覚悟」――株式会社メイテック 西本社長:トークライブ“経営者の条件”(3/3 ページ)
「生涯エンジニア」という新しい生き方を提供する技術者派遣サービス会社のメイテック。現在、その社長を務める西本甲介氏は、強烈な個性を持つ創業社長の下で長年に渡って社長室勤務をしてきた経歴を持つ。創業者から学んだのは社長としての覚悟だったという。
創業者から社長としての覚悟を引き継いで、社員に伝えるメッセージ
西本氏は1999年、代表取締役社長に就任し、現在までメイテックを率い続けている。今でも心から尊敬するという関口氏に対する思いを、次のように語った。
「関口さんは、上場してもなお『会社の軒先の石ころ一つまで俺のもの』という考えを持っていた。私物化という問題はあるが、その責任感、『最後まで逃げない』という徹底した当事者意識、そこがすごいと今でも思う。私自身も、社長としての覚悟がある。関口さんがいなければメイテックは存在しなかった。その関口さんを解任したのだから、という覚悟だ。もし解任という経緯を経ず社長になったとしたら、この覚悟を持てたかどうかは分からない」(西本氏)
社長として12年目を迎えた西本氏は、社内報などを通じた社員へのメッセージ発信を特に大切にしている。西本氏は社長室時代から社内報に携わっていた。関口氏も、社内報にはよくコミットしてきていたとのことで、西本氏も社長になってから毎回、社員へのメッセージを書き続けている。
「上場後だけみても、バブル崩壊とリーマンショックという二度の大きな危機を迎えたが、社内報の発行を続けてきた。社員はもちろん、この冊子を持ち帰って家族にも読んでもらい、派遣技術者という生き方を家族にも誇りに思ってもらいたいと考えている。社員へのメッセージは『毎回よく書くことがあるな』と言う人もいるが、何を書こうかと悩むくらいなら社長をやるものではないと思う。社員に伝えたいものが常になければ、社長は務まらない」(西本氏)
バブル崩壊後には社員を守りきれなかったメイテックだったが、リーマンショック後の落ち込みには耐えた。西本氏は真っ先に、社員の雇用を守ることを宣言したという。メイテックが社員を守ることは、派遣技術者という新たな生き方を守ることにもなる。
技術者が技術者として生き続けるためには、どんどん新たなテクノロジーを吸収していくことが欠かせない。一生エンジニアという生き方を成り立たせるためには、顧客企業から求められる人材であり続けなければならないのだ。メイテックでは、そのことをエンジニアの「市場価値」と呼んでいる。
市場価値を高めるべく、同社では独自に開発した多彩な研修メニューを用意し、社員たちが無料で自由に学べるようにしている。ただし、その研修は勤務時間外の扱いだ。もし、研修を受けた直後に社員が辞めてしまったら、投資としては意味がない。だから会社は費用を投資し、社員たちは時間を投資するという考えである。ここにも、社員のプロフェッショナル意識を期待する理由があるといえよう。
「社内報などを通じてメッセージを伝えているのは、プロフェッショナルの意識を共有したいという考えから。これからの時代、いつまでも同じ企業が存続するとは限らない。だから企業の枠を超えて働き続けられるプロになってほしいと伝えているのです」(西本氏)
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