これからの経営者に求められるのは“聞きたくないことも聞ける能力” 悪い情報が入ってくるために――コーチ・エィ 鈴木義幸社長:トークライブ“経営者の条件”(2/2 ページ)
経営者は、しばしば自分の感覚や認識に依存しすぎ、"裸の王様"になってしまうことがある。本人が認識していなくても、本人に都合の悪いことが伝わらないように周囲の方が気を遣ってしまい、結果として本人の耳に届いていないことも多い。そういった問題への対策の1つとして注目されるのがコーチングだ。
経営者の立場によってコーチングで解決すべき課題は大きく異なる
自らもコーチとして数々の経営者をみてきた鈴木氏は、経営者の類型と、それぞれの立場における課題についても触れた。まず、上場企業のサラリーマン社長は自分の成功体験から脱せられない人が多いと指摘する。
「成功体験を重ねることは決して悪いことではないが、そこでビリーフ(信念)ができてしまう。そして、そのビリーフに合わせて世界を変えようとする。『この部下しょーもねーな』とか『組織もこいつらも変わらないと駄目だ』といった考え方に陥りがちで、周囲との軋轢が生まれやすい。コーチングの際に重視するのは本人の自己認識だが、周囲の認識と大きなギャップがあるケースが多い。『よく他人の話を聞いている』と言っている人が、実は周囲からは『話を聞かない人』と思われていたり、本人は叱っているつもりがなくても、回りからは怖がられていたりする人だとか。それがあまりにも大きなギャップだと、コーチングもやりにくくなってしまう。本人が『伝えたと思っていること』よりも、『相手に伝わったこと』を考えないといけない」(鈴木氏)
一方、オーナー企業の二代目社長に多いのが、創業者である父親との葛藤だ。二代目社長は『父を超えられない』という困難な課題に直面しており、父親に対してモノが言えないという場合が多い。
「本当は、『社長になった以上、俺はこうしたい、オヤジは黙っていろ』と言いたいのに。こうしたケースは複雑に見える問題ほど、実は根はシンプルということもある。たいていの場合、『言いたいその一言』が言えないだけのことが多い。実際、私がコーチしている二代目社長さんが、ある日『これから行ってきます』と意を決した様子で私に電話してきて、長年父親に言えなかったことを伝え、いとも簡単に問題が解決した例がある。しかし逆に、後継者育成についてさんざん悩んだ末に『死ぬまで自分でやる』と決断したオーナー社長もいる。多くのリーダーの本音というのは、マネジャーや右腕も欲しいが、自分に代わるようなリーダーは育てたくない。自分の競合になるという潜在意識が働いているのだろう。」(鈴木氏)
「なんとなく自分で作っている自分の枠」を超える勇気を与えたい
コーチングを組織変革のソリューションとして導入する企業も増えている。例えば、社員の一部をコーチとして育成し、社員同士でコーチングを行うようにしている企業もある。教育や「コーチとなるためのコーチング」を受け、認定を取得する半年ほどのプログラムが用意されており、それを活用したものだ。ある飲料メーカーでは、社内の事情ばかり見てしまいがちな“内向き”体質、上司の考えばかり気にする“上向き”体質、そして部門の枠に閉じこもってしまう“箱文化”があり、それを改めるため、コーチングに取り組んだのだという。
「若手から管理職までの幅広い社員からコーチ志願者を募り、3年間かけて300人のコーチを社内に育成し、社内でコーチングを実施する体制を整えた。1人が5人の社員をコーチする形で、社員同士が部門の壁を越えてコーチングを行っている。そしてコーチングを受けている人が自己評価をすると同時に、『気付きを与えているか』『観察力を得ているか』といった基準でコーチングする人を評価する。売上増との因果関係は調べられないが、事後には『気付きや観察力が向上した』という成果が出ている。ちなみに、この会社では社長にも40代の女性社員がコーチングしており、その社員のコーチングを社長は高く評価している」(鈴木氏)
鈴木氏自身も米国人からコーチングを受けており、すでに5年くらい続いており、以前と比べて自分がどれだけ変わったかを気付かせてくれるとのことだ。コーチでもコーチングを受けるのは、コーチとしての感覚を研ぎ澄まし、より幅広い考え方に対応できるようにする意味もあるのだろう。幅広い視点をもつには、読書をしたり、海外に出ることも重要だと鈴木氏は言う。
「私の場合、米国や中国にオフィスを構えているせいもあるが、年に最低2回は海外に行くようにしている。日本を外から見る機会は重要だ。また会社としては、社外の人を招いて勉強会をしている。当社の会長が『会ったことのない、会いたいと思う人に、月に2回は会う』としているのにならって行っているのだが、毎回いろいろ刺激を受けている」(鈴木氏)
もともと大学では社会心理学を専攻していた鈴木氏。それを「1対多」で実践したいと考えて広告代理店に入社したものの、「思っていたのとは違う」と考え退職。今度は1対1で実践したいと考えて米国で臨床心理学を学び、帰国したとき、現代表取締役会長の伊藤守氏に誘われてコーチングに触れた。「コーチングの世界に入ってみたら面白くて、のめり込んだ」とのことだ。
コーチ・エィの設立当時に取締役副社長、2007年1月より現職となった鈴木氏は、「父は友禅の職人で、どちらかというと自身も職人気質」だという。コーチ・エィでも、100名以上のコーチ集団を率いる、コーチの代表者という感覚なのかもしれない。そんな鈴木氏は、コーチングについての思いをこんなふうに語っていた。
「エグゼクティブ・コーチングをやっている理由は、人に勇気を与えたいから。『なんとなく自分で作ってしまっている自分の枠』を超える勇気を与えたい。乗り越えるのはすごく勇気の要ることだから。そして、コーチのような立場でないと、上場企業の社長やオーナー社長に意見を伝えたり質問することなど、なかなかできない。それゆえに逃げてはいけないとも思う」(鈴木氏)
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