グロ−バル化にマニュアルをどう生かすか:マニュアルから企業理念が見える(2/2 ページ)
複数の人種を風土文化の異なる地域で協働させるためには、業務処理の標準とそれの文書化が必須である。
グローバル化は企業から徹底的に差別意識を除くこと
企業内文書の構造を見てみると、方針−管理基準−作業手順の3つが量的にピラミッドを形成していることが分かる。一般的に最後の作業手順書をマニュアルと呼んでいる。しかし、この見方はマニュアルを狭くみた場合の定義である。広義のマニュアルは、一つの組織を動かすために必要な文書全体を指す言葉である。企業の倫理順守規範条項を記載したコンプライアンスも必ず倫理順守規定とそれに関連する従業員の順守行動手順書と一体となって成立していることは明らかであ る。
このことから、マニュアルは包括的な規範、規定類と職務の実際行動を効率的に処理するための作業手順書の2部構成になっていることが分かる。ロ−マ時代のマニュアルも、軍司令官を元老院が選出する規定類から、軍に参加した市民の作業手順書にいたる緻密な構成になっている。
つまり、40歳以上の元老院議員から選出される軍司令官レベルの扱うマニュアルは現在の方針書のような形式で書かれ、戦略立案にかなりの応用が利くように、最初から配慮されていた。それに対して、一般的市民が7年間の兵役義務につく際、市民兵に与えられる文書は、帽子、鎧の着用時の注意事項や槍、盾の使用法など極めて具体的行動手順が示されている。
ロ−マ市民といっても、元老院議員と一般市民とでは実際上は相当の差があったものと思われる。とくに、資産的な差は大きかった。しかし、司令官と軍団兵でも市民権はまったく同じである。彼ら同士は、常にファ−ストネ−ムで呼び合い、意見も自由に交換していたが、いったん決定した軍令には、命を懸けて従ったといわれている。それが市民であることの誇りだったのである。義務でもあったと思われる。
世界史の上で最初のグロ−バル国家を建設したロ−マ帝国は、その軍団編成を平等な市民権を持つ一般市民によって作り上げた。そして、その兵役義務期間を17 歳から24歳までの7年間とした。資産がある水準以下のものは兵役免除であった。市民はこれを恥とした。軍団の基本理念は平等だった。これから生まれたマニュアルにもこの原則は明確に写しだされている。役割の違いによる機能と責任の質に違いはあってもマニュアルはこれを人間的違いとしてはいない。
グロ−バル企業になるということは、容易なことではないように思われる。とりわけ規模の大きな大企業だけに許されることだと思うかもしれない。中小企業の経営者、管理者は、うちの規模では無理だと考える。しかし、それは誤っている。世界の精密機械の部品を作っている愛知県春日井市にあるイソワ社のような例もある。従業員210名、商取引はほとんどがコンピュタ−で行われている。
朝日新聞で「日本で一番居心地のよい会社」としてとりあげられた。この会社の特徴は、それぞれの担当業務の交代が可能となるよう各業務のマニュアルをつくり、それを実践しているということにある。今じわじわとその範囲が増えている。一番初めは会社見学者の案内役マニュアルであった。掃除、工具磨きと順次広げ、今は多能工化もほぼ完全なレベルに達しているといわれている。マニュアルを囲んで常に討議と相互理解が進められている。また、この会社は出会った全ての人に心から挨拶するという社是を持っている。
この会社の従業員は、マニュアルの制作、改訂を通じて、会社に対する所属感、一員感、貢献感の3つの感情が生み出され、共同体としての企業の基礎固めを完成させたのである。全員が強制されることなく、仕事の遂行に当たって協働していくという企業目的を自分のものにしたということができる。
イソワ社は今年1500名 の大卒の応募があったと聞いている。グロ−バル企業になるということは、本質的には世界中の企業と平等互恵の交易をおこない、その際だれにも、どこでもたじろがない企業を作り上げるということである。その精神を持つことは共同体感覚を身に付けた社員を育てることである。差別の精神を企業から排除することである。グロ−バル企業は「すき焼」を作るようにはできあがらない。自分の部下を愛し、尊敬している管理者と経営者がマニュアルを軸に努力して、平等と明示を基本に継続して経営していけば、手中に収められるものである。
著者プロフィール
勝畑 良(かつはた まこと)
株式会社ディー・オー・エム・フロンティア 代表取締役
1936年東京生まれ。慶應義塾大学経済学部を卒業後、1964年にキャタピラー三菱(株)に入社。勤労部、経営企画部、資金部を経て、1986年、オフィス・マネジメント事業部長としてドキュメンテーションの制作、業務マニュアルの作成、語学教材の発行などさまざまな新規事業に取り組み、1992年4月、業務マニュアルの制作会社である(株)ディー・オー・エム(現在:株式会社ディー・オー・エム・フロンティア)を設立し、代表取締役に就任。「いま、なぜマニュアル革命なのか?」(『企業診断連載』)で平成2年度日本規格標準化文献賞<最優秀賞>受賞など論文多数。
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