オリンピックの開会式とコンディショニング:小松裕の「スポーツドクター奮闘記」(2/2 ページ)
ロンドンオリンピックがついに始まります。今回は、華やかな開会式の裏にある選手たちの苦労をお伝えします。
過酷な開会式にどう対応するか
4年に1度のオリンピックの大舞台で、選手たちがコンディション万全で試合に臨むためにサポートするのが我々の役割ですが、そのコンディショニングに関して、いつも問題になるのが「開会式に出るか出ないか」ということです。
今回のロンドンオリンピックでは選手たちに配慮して、開会式の時間を短くする取り組みもされるようですが、選手にとっては長時間拘束される開会式がコンディションを崩す要因になることもあるからです。
私は今まで、アトランタ、シドニーと2回のオリンピックの入場行進を経験したのですが、開会式の過酷さを、身をもって知りました。アトランタオリンピックのときは、開会式会場の隣のフルトンカウンティースタジアムのスタンドで、ただひたすら待たされました。入場行進が始まるまで、2時間近く待たされたでしょうか。とても暑かったので、選手たちがコンディションを崩さないように、気を配り、こまめに水分補給をさせました。どのくらい待たされるのかが分からないのも、精神的に疲れました。
ようやく日本選手団の入場行進が始まり、手を振りながらグラウンドを1周したあと、再びピッチ内ですべての国の入場行進が終わるまで待ちました。そのあとも、さまざまなセレモニーやスピーチが延々と続き、ようやく聖火台に火がともりました。
さらに、開会式が終了したあとも大変なのです。開会式に参加した各国の選手や、役員たちが一斉に選手村に戻るからです。会場の回りは大渋滞で、なかなかバスも出発しません。選手たちを先に選手村に帰し、私が村に戻ったのは真夜中の3時を過ぎていました。開会式のために選手村を出たのが午後5時ころですから、実に10時間もかかったことになります。
このように、開会式に参加するのは、選手にとっては負担がかかります。特に試合が大会前半にある選手には、厳しいのです。ですから選手団の旗手を務める選手は、競技日程が大会後半の選手となる場合がほとんどです。今回も後半に試合があるレスリングの吉田沙保里選手が旗手を務めます。
しかし、一方で、せっかくオリンピックに来たのだから、入場行進をしてみたいという選手の気持ちもあります。一生に1度の思い出になるだけでなく、開会式に参加することが、日本代表としての自覚を高め、そこからパワーをもらえることもあります。国際親善や国際貢献といったスポーツ人の役割を考える機会にもなるでしょう。そう考えると、選手にとって、開会式の参加が必ずしもマイナスとも言い切れないのです。
実際には、日本選手団の一員として開会式に参加するかしないかは、各競技団体にある程度任されています。全員が参加する競技もありますし、全員が参加しない競技もあります。また、選手各自の意思を尊重して、参加するしないを選手に決めさせる競技団体もあります。
我々メディカルスタッフは、開会式で選手が体調を崩すことがないように、常に気を配らなければいけません。ですから私自身も開会式を楽しんだという記憶はありません。オリンピックの祭典ムードを高める開会式ですが、その裏ではそういったコンディショニングとの戦いがあるのです。
選手たちはこの4年間、オリンピックのために懸命に頑張ってきました。国民の期待や支えてくれた人たちのことを思い、力いっぱい戦ってくれると思います。そして、必ず日本を元気にしてくれると思います。選手たちが、万全のコンディションで悔いなく戦うことができるように、我々メディカルスタッフも全力で選手たちを支えたいと思います。
著者プロフィール
小松裕(こまつ ゆたか)
国立スポーツ科学センター医学研究部 副主任研究員、医学博士
1961年長野県生まれ。1986年に信州大学医学部卒業後、日本赤十字社医療センター内科研修医、東京大学第二内科医員、東京大学消化器内科 文部科学教官助手などを経て、2005年から現職。専門分野はスポーツ医学、アンチ・ドーピング、スポーツ行政。
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