うまくいっている企業はやっている 経営人材育成、成功の鍵(後編):次代の経営人材をつくる3つの壁と成功の鍵(2/2 ページ)
経営人材育成の出発点は、現経営者のコミットメントと候補者の経営者になる「覚悟」
構造的問題を抱えている経営者育成〜OJTやOFF-JTに頼れない経営者育成〜
「経営者のコミットメント」「候補者の覚悟」の双方が、経営者育成のベースになる。経営者育成の必要条件である。しかしながら、経営者育成は、他の学びと比較して、構造的な問題を抱えていることに注意しなければならない。それは、通常のOJTやOFF-JTがあまり効果的でないという点である。
学びの基本は、真似ることにある。営業やコンサルタントであれば、一流の営業パーソンやコンサルタントと一緒に仕事をして、真似ることによって、一流になっていく。しかし、通常、部課長には、真似たい経営者がそばにいるわけではないし、部課長としての仕事をしていかなければならない。しかも、つつがなく、中間管理職の仕事をすることは、現状を壊したり、捨てたりしなければならない経営者の仕事と相容れないものである可能性もある。換言すれば、通常の中間管理職の仕事は、経営者育成の役に立つどころか、むしろ害とさえなり得る。
それゆえにOFF-JTの研修があるわけだが「成人学習理論」という観点から、すぐに役に立たない研修は身につかない。つまり、いわゆる経営知識は、経営を行うのに必要であるが、実際に使うまでに時間が空いてしまうと、学んだ知識は宝の持ち腐れになる。ゆえに、研修後に実践の場を用意しておくことが大事になってくる。
また、研修自体も、一時で終わってしまうイベントではなく、未来に向けてキックオフになるように、デザインする必要がある。世界と戦っていく上で圧倒的に足りない自らの知識、スキルを認知した上で、今後も持続的に学び、身につけていこうという思いを、徹底的に刺激するような研修、つまり「イベントで終わらない研修のデザイン」が求められてくる。
「修羅場」を提供し、「内省」を促す仕組みをつくる
通常のOJTやOFF-JTが効果的でない一方、「修羅場」の経験が有効と言われている。実際に、経営者にインタビューしてみると、多くの経営者が、自らの成長体験として、修羅場経験を挙げていた(注2)。
「修羅場」で、現実に対峙し、もがいたときに、自分が見えてくる。そして、他者の動きを通して、人間が見えてくる。有事のときに、人はその本性をあらわす。わずかな望みに自らを賭け、最後まで踏ん張る人間もいれば、そそくさと退散する人間もいる。自己を含めて、人間が分かるというのが経営者の条件と考えれば、「修羅場」はその道場になる。
ただ「修羅場」ゆえにそこで潰れてしまうリスクは考慮しなければならない。多くの経営人材候補がいるのであれば、そこで潰れてもかまわないと思えるが、コストパフォーマンスを考慮すると、潰さないようなフォローは必須である。
「修羅場」を経験しても、学ぶ人もいるが、うまく学べない人もいる。その違いは、「内省」にある。うまくできたこと、うまくできなかったことは何だったのか、なぜうまくできたのか、なぜうまくできなかったのか、次にどうすればいいのか。通常の仕事経験を含めて、「内省」を繰り返すことによって、学びは深くなる。
偉大な経営者は自論を持っている。ものごとの本質を自分の言葉で捉えなおしができている。自らの経験を通し、書物あるいは他者からの薫陶に照らし合わせて、経営、組織、人間、社会、歴史を自ら語れる。そのような自論は、「内省」によって生まれる。ゆえに、そのような「内省」の機会を自ら作れるように促すか、コーチングを行なうことによって強制的に「内省」を促していくことも「修羅場」を提供する以上に大切だと考えられる。
まとめると、経営人材育成の出発点は、現経営者のコミットメントと候補者一人ひとりが、経営者になる「覚悟」を持つところにある。候補者の「覚悟」があれば、日常の仕事も研修も学びの機会になる。仕事も通常の仕事とともに、本人にとって「修羅場」になるような仕事であれば、得るものは多い。そこでの学びをより深くするために「内省」が必要であり、それが経営者に必要な経営観につながる。
著者プロフィール:古野 庸一
株式会社リクルートマネジメントソリューションズ 組織行動研究所所長
1987年リクルート入社。南カリフォルニア大学ビジネススクールでMBAを取得。リーダーシップ開発、キャリア形成に関する研究を行うかたわら、事業開発、コンサルティングの仕事にも携わっている。多摩大学非常勤講師。著書に『いい会社とは何か』(講談社現代新書)、『リーダーになる極意』(PHP研究所)、『日本型リーダーの研究』(日経ビジネス人文庫)。訳書に『ハイフライヤー 次世代リーダーの育成法』(プレジデント社)など。論文に「『一皮むける経験』とリーダーシップ開発」(共著、『一橋ビジネスレビュー』2001年夏号)など。
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