「出現する未来」を実現する7つのステップ――結晶化:Crystallizing:U理論が導くイノベーションへの道(2/2 ページ)
素晴らしいビジョンが絵に描いた餅で終わる、笛吹けど踊らずという状態に陥る事態はしばしば見受けられる。どのように形を与えればいいのか。
アーティストから学ぶ結晶化のプロセス
オットー博士は、この結晶化のプロセスにおいて、「手の知恵を使う」ことの大切さに言及しています。われわれは、ずいぶん長い間、「頭で」考えて答えを出すことに慣れ親しんできたために、知恵やアイデアといったものは、考えた上での産物だという認識が強くあるのではないでしょうか?
しかし、画家にしろ、音楽家にしろ、創作活動を行っているアーティストの中では、自分の中から湧き上がってくるままに手足を動かし、そこから糸を紡ぐように作品を作るプロセスを大事にしている人もいます。この結晶化のプロセスは、まさにアーティストが行っている創作のプロセスを持ち込んでいます。
このプロセスを非常に分かりやすく、シンガーソングライターであるMr.Childrenの桜井和寿さんがテレビ番組で語っていました。NHK教育テレビ系の「THE SONGWRITERS」という佐野 元春さんがインタビュアーを務めていた番組での一幕でしたが興味深い発言でした。佐野 元春さんから「曲を作る時、詞と曲のどちらを先に作るのか?」と尋ねられたとき、桜井さんはこう即答していました。
「僕はほぼ曲ですね。多分曲が訴えたいこと、それから歌いたいこと、叫びたいことの何かイメージを持って生まれてくるんだと思うんですよね。で、そのメロディーが頭の中でできて、なんとなくキーを決めて、自分の口でそのメロディーを、 “ラララ”であったり、適当な英語で叫んでいる。その口の開き方であったり、声のかすれ方など、これは怒りなのか優しさなのか、その音から自分がもらうんですね」
この桜井さんの言葉を聞いたとき、「結晶化のプロセスはまさにこれだ!」と確信しました。彼の多くの人を魅了してきた完成度の高い詩や曲の世界は、頭の中であらかじめ設計されたものを楽譜や詩に落としているのではなく、ギターを弾く指先や、それに伴って発せられる声のかすれ方から、まさに手探りで、一つひとつの感覚を頼りにしながら、自分という器を通して、現れたがっている“何か”に形を与えているのです。
仏像の彫り師は、仏像は彫るのではなく、木の中に眠っている仏の姿を削り出すという表現をしたり、陶芸家は「何を創ればよいのかは、自分の手が知っている」と語ったりします。それらはみな、同じ結晶化のプロセスを表現しているのではないかと思います。
また、桜井さんは次のようにも言っていました。「音楽を通じて、それから歌、言葉を通じて、個人であることを通り越したいような気がする。だから僕がコンプレックスを抱いているとか、好きな子がいるとか、僕がどういう人格とか、そういうことを通り越して、音楽や言葉によって、人と人を結び付けたいという想いがすごく強いんだと思う。(中略)音楽に向き合うときはできるだけ自分を、もうまっさらな何も考えない状態にして、その音と向き合わせるときに、その音楽が自分の中の何かを引き出してくれて、その引き出た何かがリスナーの何かと結びついて、共に共有するというか、そんなことをいつも目指してるんだと思います」
彼はこのように語りつつ、番組の中で何度も「僕の無意識が創らせてくれた。」という表現を繰り返しています。彼にとって創作活動というのは、無意識が自分を通して、何かを引出し、その引き出されたものとリスナーがつながっていくという感覚があるそうです。
われわれは、その人自身の思考や技能が、これまでになかった創造的な何かを生み出しているというとらえ方をしがちですが、U理論では、われわれという器を通して現れたがっているものに道を譲ることこそが創造性と関連していると言及しています。それがこの理論の新しいパラダイムであるのとともに、超一流のパフォーマーの人たちに共通した秘訣といえるのでしょう。
実際、U理論の実践手法の中では、プレゼンシングの後、イメージングのワーク、創作ダンス、その他にも手が動くままに粘土をこねて形を生み出すといったことを行い、一連の動作が終わった後で、それに言葉を与える方法が紹介されています。
こうした結晶化のプロセスは、個人だけでなく、チーム、組織、コミュニティなどで共創的に行われた時、不思議な一体感と、革新的な行動が生まれるという可能性を秘めています。
次回は、「プロトタイピング(Prototyping)」を紹介します。
著者プロフィール
中土井 僚
オーセンティックワークス株式会社 代表取締役。
社団法人プレゼンシングインスティテュートコミュニティジャパン理事。書籍「U理論」の翻訳者であり、日本での第一人者でもある。「関係性から未来は生まれる」をテーマに、関係性危機を機会として集団内省を促し、組織の進化と事業転換を支援する事業を行っている。アンダーセンコンサルティング(現:アクセンチュア株式会社)他2社を通じてビジネスプロセスリエンジニアリング、組織変革、人材開発領域におけるコンサルティング事業に携わり2005年に独立。約10年に渡り3000時間以上のパーソナル・ライフ・コーチ、ワークショップリーダーとしての活動を行うとともに、一部上場企業を中心にU理論をベースにしたエグゼクティブ・コーチング、組織変革実績を持つ。
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