日本企業を再成長に導く経営計画のあり方――10年後、20年後を見据えた自社のありたい姿を描くポイント:視点(3/3 ページ)
日本企業を取り巻く市場や競争環境の質的・構造的変化は依然として厳しいものであり、多くの日本企業にとって過去から現在の延長線上に成長の絵姿が見えないことに変わりはない。10年先、20年先を見据えた成長の絵姿の明確化と、そこに向けた戦略と経営計画の策定がやはり不可欠なのである。
5.シナリオプランニングのメリット
シナリオプランニングには相当な労力を必要とするが、組織としてこういった手法を共有し、ありたい姿や戦略、経営計画を策定していくことには大きく5つのメリットがあると考えられる。(図表4)
5-1 将来ありたい姿の明確化
日本企業においては、10年先のありたい姿が見えない中期経営計画が散見されることは、前稿から触れてきた。機会があるごとにそうした企業の経営企画担当に、何故10年先のありたい姿を具体的に明示しないのか尋ねると、大概「将来のことは分からない」「不確実なことを前提として戦略や計画は立てられない」と返ってくる。
10年先の事業環境の変化についての分析が不十分でステークホルダーなどへの外部発信が憚られる、ということなのかもしれない。今回触れたシナリオプランニングは、言うなれば現状得られる情報と考え得る限りの知恵を総動員して将来を予測することに他ならない。そうした予測に基づいて立てた戦略や計画と、過去から現在の延長線上で立てた戦略や計画と、どちらが大きな成長を目指すものとして社内を鼓舞できるか、或いは投資家などが求めているものか、今一度考えてみるべきである。
5-2 “過去に囚われずに考える力”が組織に根付く
今の日本企業に求められるのは、過去からの延長線上で未来を考えないようにすることである。事業環境がこれまでの成功体験が通じなくなっていることは理解しつつも、依然として固執してしまうケースが多い。シナリオプランニングは、自社の事業環境の構造的な変化を抽出し、各環境変化要因の因果関
係等を整理することで、未来のシナリオを確率論的に考える力が求められる。これを継続的に実施することで組織として過去に囚われずに考える力は飛躍的に高まるはずである
5-3 不測の事態への備え
多くの場合、自社にとっての機会や良いシナリオばかりがクローズアップされるが、逆に脅威や具合の悪いシナリオは然程分析されないケースが多々見られる。事前に複数のシナリオを想定することにより、自社にとって最悪のシナリオや不確実性を組織的に認識することで、対策を立て備えることが可能になる。
5-4 新たな事業機会の早期発見、早期対応
シナリオプランニングは、危機管理だけに有効なものではない。自社の事業環境の将来を多面的に分析することで、成長に繋がる新たな機会をいち早く発見したり、事前に重要な環境変化要因とシナリオの因果関係を把握しておくことで、自社にとって望ましいシナリオの現実化の兆候が見えた際に、事業機会をいち早くキャッチできる。競合より早く経営資源を投入し優位性を築くことが可能になる。
5-5 シナリオの外部発信を通じ、望ましいシナリオへ周囲を誘導
シナリオを敢えて外部に積極的に発信することで、自らの事業に有利なシナリオへ誘導することも可能になる。例えば、自動車部品のBoschでは、技術ロードマップという一つのシナリオを用いて、専門家の立場からの技術進化の方向性を示すことで、完成車メーカーを自社開発製品に誘導することに成功している。
6.“新しい未来をつくる”アプローチも必要
ここまでで論じさせていただいたシナリオプランニングは、あくまでも先読みの基本的な手法の一つに過ぎない。自社の中核ビジネス(製品やサービス)を取り巻く環境の不確実な未来に“備える”側面の強いアプローチであり、どちらかと言うと、中期(5年先〜10年先)的な将来を見据えて、今の中核ビジネスを軸に自社のありたい姿を描くのに適しているとも言える。
将来の自社のありたい姿を描くにあたっては、もう一つ別の確度からの検討も必要と考えている(図表5)。自社のコアコンピタンスを構成する技術などの要素に着目し、その技術が進化した未来に発想を飛ばし、自ら“新しい未来をつくる”アプローチである。一般的に技術のイノベーションは先読みが難しい。そのイノベーションを自ら積極的に仕掛けていく点がシナリオプランニングとは根本的に異なると言っても良い。現在の製品による成功体験から大きなジャンプを遂げることが求められる多くの「ものづくり」の日本企業にとっては、こちらのアプローチも欠かせない。
革新的なヒット商品を次々に世に出すアップルや、ハイブリッドカーのトヨタはその典型的な事例だろう。詳しく論じるのはまたの機会にするとして、こうしたイノベーションによる先読みにも、「イノベーションを将来のあり姿に取り込むという経営トップのコミットメント」に始まり、「組織にイノベーションを根付かせるための仕組み」「継続的な投資原資の確保」「進捗のモニタリング」「人づくり」といった、継続的かつ組織的に推進するための仕組みやルールが必要になる。
7.最後に
2013年3月期の決算は製造業中心に一見好転の兆しらしきものが見え、日本企業を取り巻く環境について、長いトンネルを抜けつつあると論評する記事も見受けられるようになった。が、ここへ来て(2013年6月時点)の為替や株価の乱高下は目に余るものがある。現政権の経済政策にも勿論期待を寄せたいところではあるが、日本企業は今、自ら取り組むべき改革についてその足を更に前に進めるべきである。将来のありたい姿を今一度明確に定め、経営計画のあり方を見直すことはその1テーマであり、そのためにシナリオプランニングとイノベーションの先読みは有効な手段だと考える。過去の成功体験に囚われない、未来の変化を先読みして備える力を身につけることこそ、多くの日本企業に今求められているのではないだろうか。我々も微力ながらその一助になれればと思う。
著者プロフィール
平井 孝志(Takashi Hirai)
ローランド・ベルガー 取締役 シニアパートナー
東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、米国系戦略コンサルティング・ファーム、デル及びスターバックスなど複数の事業会社を経て、ローランド・ベルガーに参画。米国マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院MBA。博士(学術)。消費財、コンピュータ、自動車など幅広いクライアントにおいて、営業・マーケティング戦略、全社戦略の立案および実施に豊富な経験を持ち、最近では、中堅企業のターンアラウンド、組織改革を数多く手がける。企業・事業再生グループの中心メンバーの一人。
著者プロフィール
佐谷 義寛(Yoshihiro Saya)
ローランド・ベルガー シニアプロジェクト マネージャー
東京大学法学部卒。電通を経てローランド・ベルガーに参画。主に、クライアント各部門・各機能の“現場力強化”“生産性向上”を目指し現場に1歩踏込んだオペレーション改善・改革やコスト削減などのプロジェクトを様々な業種にて経験。東京オフィスにおけるオペレーション・チームの中心メンバーの一人
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