不確実な将来に打ち勝つ戦略マネジメント〜グローバル企業へ脱皮するための要諦〜:視点(3/3 ページ)
市場の異なるニーズに応えることも重要だが、開発には不確実性が伴う。不確実性を乗り越えたうえで市場が求める製品を提供するためには、何が必要か。
5、様々な産業での活用事例
自転車のモジュール部品でグローバルに名前が知れ渡るシマノも不確実性マネジメントに成功した企業だ。1970 年代、シマノは北米で潜在ニーズを読み解くべく、自転車の使用シーンを徹底的に調査していた。当時、カリフォルニア州ではアウトドアで自転車を使用するシーンが数多く見られ、一部のメーカーがアウトドア用自転車の販売に乗り出した時期だった。ただ、初期の製品は、通常の自転車の部品を流用していたため、走行しづらい・強度が低いなどの理由で、普及が進まず、市場は停滞した。
現地での徹底調査をしていたシマノは、ニーズは確かに存在し、良い製品さえあれば市場はどんどん広がると予測し、開発に着手した。特に課題の多かった変速機、ホイールを開発に注力すべき主要部品と定義し、それに変速機やブレーキなど周辺部品を組み合わせて、アウトドアで快適に運転できる自転車を設計した。「先読み」と「構え」を実践したのだ。
加えて、自転車メーカーがアウトドア用の自転車を製造しやすいようにするために、理想のフレームデザイン(リファレンスデザイン)を作成し、世界中の自転車メーカーに提案することで、瞬く間にシマノ製の部品を搭載したアウトドア用自転車、マウンテンバイクが街に広がっていった。このリファレンスデザインが「引き寄せ」の役割を担ったのだった。(図C参照)
半導体メーカー、ロームの取り組みも興味深い。「先読み」を競争力と捉えるロームは、CPU等の中核部品メーカーや最終製品を手がけるセットメーカーの最先端情報にアクセスし、セットメーカーが近い将来、製品に組み込むと良い機能の「先読み」を行う。ただ、この最先端情報へのアクセスは、極めて難易度の高いタスクだ。そこで、ロームは中核部品を敢えて設計・製造しないことで中立的立場を取り、情報へのアクセス性を確保しているのだ。
さて、先読みで得られた機能群はすぐさまコンポーネントの設計を通じて具現化される。その際、ロームは、カスタムLSIの設計はセットメーカー毎に異なるものの、多くの共通要素が存在することを見出し、標準モジュールの開発を行う。十分に細かく要素分解しておけば、後は組み合わせるだけでカスタムLSIの大半の設計を終えることができる。これはモジュール化を使った「構え」だ。
そして、この「構え」をしっかりと準備しておくことで入社6カ月程度の女性社員でも、標準コンポーネントを使いカスタムLSIの全体レイアウト設計が可能となっている。また、「先読み」の際のコミュニケーションや「構え」によるリードタイムの最小化がセットメーカーの「引き寄せ」となっていることも間違いない。
最後の事例は日清だ。数十年前から世の中の「味」を要素に分解して、データベースに蓄積している。「辛い」など、味の要素を細かく分解し、継続的にデータを更新し、常に新しい味の組み合わせを溜めていく。さらに、味の復元に必要なノウハウを洗い出すために、味覚ソムリエを配置し、様々なラーメンの味を要素に分解できる体制を築いている。日清の「構え」だ。(図D参照)
そして、いざ人気のラーメン店が発掘されると、味覚ソムリエがその店に訪れ、味を分析。自社のデータベースを元に、どの味の要素を組み合わせれば店と同じ味が再現できるかを導き出す。そして、要素の組み合わせによって再現された味で、違和感が無いものだけが製品化される。
「構え」を持つことで、いち早く味を再現できる日清には、競合は太刀打ちできない。結果として消費者は日清のラーメンを買う。「引き寄せ」が実現されるのだ。さらに、近年は「先読み」のために、様々なラーメン店の味を再現した製品を限定販売するケースもある。いわゆるテストマーケティングで、新規ニーズの掘り起こしへと繋げている。
6、真のグローバルプレーヤーへの脱皮
欧州との文化的背景の違いもあり、日本の製造業は、トップダウンで長期的なビジネス展望や戦略を描くことより、その時々の現場での改善を重視してきた。ただ、今後グローバルで勝ち抜く上では時流を「先読み」して、先駆者として新しい分野を切り開いていく、こうした取り組みを日系企業にも実践して欲しい。
そのためには、腰を据えて将来シナリオを作り、その中で自社独自のポジションを生み出す戦略へと繋げるシナリオプランニングを活用すべきだ。目先のことではなく、将来を見据えて戦略を作り、組織一丸となってその戦略を成し遂げるという活動が不可欠となる。そして、その活動を一過性で終わらせるのではなく、エース人材の投入、専門部隊の設置などを通じて、組織としての意思を明確に示しつつ、実践・ローリングしていくことが重要である。それによって、予測の精度、戦略の競争力を高めることができるからだ。
ただ、いくら精度の良い「先読み」をしても不確実性が必ず残る。そこで「先読み」によって生み出した戦略仮説を能動的に開示して、周囲をその仮説に「引き寄せる」活動を進めるべきだ。一般的に日本企業は競合や新興国プレーヤーへの情報流出を恐れ、情報に蓋をする。独創的な製品を単独で作り普及させることができるならそれでも良いが、現実はそうはいかない。これからは共に普及に尽力する仲間作りの方がより重要となっていく。
また、モジュール部品や要素技術を標準化・体系化して「構え」を整え、それらの組み合わせで製品を作りこむことも欧州企業と比べて相対的に苦手だ。どうしても、製品化の最終段階で改善を加え標準から離れていく。これが開発リソースが逼迫する原因だ。今後は、目先の製品上市に時間を使いすぎないマネジメントが求められる。
著者プロフィール
長島 聡(Satoshi Nagashima)
ローランド・ベルガー シニアパートナー 自動車戦略チームアジア代表
早稲田大学理工学研究科博士課程修了後、早稲田大学理工学部助手、各務記念材料技術研究所助手を経て、ローランド・ベルガーに参画。工学博士。自動車、石油、化学、エネルギーなどの業界を中心として、R&D戦略・営業・マーケティング戦略、ロジスティクス戦略、事業・組織戦略など数多くのプロジェクトを手掛ける。現場を含む関係者全員の腹に落ちる戦略の実現を信条に「地に足が着いた」コンサルティングを志向。
著者プロフィール
中村 健二(Kenji Nakamura)
ローランド・ベルガー コンサルタント
慶応義塾大学大学院理工学研究科卒業後、日産自動車総合研究所にて次世代電動車両の研究開発に従事した後、ローランド・ベルガーに参画。自動車業界において、完成車メーカー、自動車部品サプライヤーの全社戦略、事業戦略、R&D戦略、ターンアラウンド戦略の立案および実行支援等のプロジェクトを数多く経験。自動車グループのメンバー。
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