人生の岐路での選択肢は右か左かではない――諦めずに一生懸命やるかやらないか:「等身大のCIO」ガートナー重富俊二の企業訪問記(2/2 ページ)
ITはあくまでもツールであり、目的は業務を改革すること。小林製薬では、IT部門とSSCを統合した業務改革センターを中心に、「攻めのIT」の具現化を目指している。
樹の木目と同じで、一人一人違うので、木目に沿った育成方法が必要です。無理してもできない人はできません。逆にできる人にはどんどんやらせればいいと考えています。できない人には、できる範囲で取り組めばいいのではないでしょうか。
先端技術と既存技術を守る適材適所の人材育成
――業務改革センターは、どのような業務を担当しているのでしょう。
業務改革センターには、IT部門と業務支援部門があります。IT部門は、グループ全体のシステムの開発や運用、ITに関わる機器の調達、セキュリティ、ネットワークなど、IT活用に関する業務の全てを担当します。一方、業務支援部門は、グループ全体の給与、経理、庶務に関する業務を取りまとめて、低コストで効率的に運用することを目的とした、いわゆるSSCです。私の仕事としては、ITが8割を占めています。
――2割とはいえSSCを兼務しているのは、ユニークな取り組みですね。
確かに、珍しいかもしれません。もともとは、業務改善や業務改革をする場合にITの活用は不可欠だというコンセプトで、前任者がSSCとITを統合しました。これは正解だったと思います。業務改革には、IT活用が不可欠です。例えば、SSCにおける入力業務の効率化は、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)のような技術を使わずには実現できません。
――具体的な取り組みについて聞かせてもらえますか。
最先端の分野では、あるベンチャー企業と人工知能(AI)の研究開発を進めています。具体的な研究内容は言えませんが、「AIによる自動診断とアイデア創出」とでも表現しておきます。
当初、ベンチャー企業と開発を始めたときには、ムリではないかと思ったのですが、約1年が経過して「この症状の人にはこの組み合わせ」といった結果が得られるようになってきました。
また、RPAという言葉が一般的になる少し前から、「事務ロボット」という呼び方で、繰り返しの多いSSCの業務をロボットで自動化できないかと考えました。現在、SSCの経理や給与などの業務の一部を自動化したほか、中央研究所や本社の知財系の業務などにも、利用範囲が広がっています。
その他、他社の特許や商標などの情報を自動的に収集し、週1回、担当者に配布することで、担当者がそれを容易にチェックできる仕組みも構築しています。
――AIやRPAなどの新しい取り組みを推進することで、組織の雰囲気やカルチャーに変化がありましたか。
業務改革センター長になってから、革新的なIT活用をけん引できる「モード2」の人材を育成しています。この人材に、「1年間好きなことをしていいので、攻めのITを実践してほしい」と依頼しました。この取り組みが成果を上げたので、2年目にはITやセキュリティも含めて研究開発する新しい組織を立ち上げました。
こうした取り組みを見ていた他の開発者も、「同じようなことをやってみたい」と言い始め、まだ少しずつですが、意識改革も進んできました。
――モード2の人材育成は、評価も含めての取り組みなのでしょうか。
評価に関しては複合的な判断も含まれるので、なかなか難しい面があります。単に新しいことをやっているというだけでは高評価にはつながりません。基幹システムが止まると、会社が潰れる恐れもあるので、既存のシステムをきちんと管理できる「モード1」の人材も必要です。要は、適材適所です。
新しい取り組みが増えたからといって、評価の仕組みを変える必要はありません。各自に与えられた役割やミッションが、実行できたか、実行できなかったかだけが評価の基準だと思っています。
IT活用で現場の「あったらいいなをカタチにする」
――将来的に、こんな業務改革センターにしたいという思いを聞かせてください。
現場の担当者に「こんな新しい技術が登場していて、この技術を使ったら、今の仕事がこんなに楽になります」ということを、どんどん提案できる技術者がたくさんいる部門にしたいと考えています。こうした人材はまだ多くはありませんが、現場の要望を待つIT部門から、業務改革を推進できる攻めのIT部門に変革したいと取り組んでいます。
――現場の担当者の「あったらいいなをカタチにする」のが業務改革センターということですね。
そのとおりです。
――最後に、今の若者たちにメッセージをお願いします。
攻める姿勢を忘れないで現場の人たちのためになることを、自ら積極的に提案してほしいと思っています。そのためには、あえて今の自分を否定してみることも必要です。一時的には自分に負荷がかかるかもしれませんが、先々を考えるとそれが自分を助けることになります。
また、多少の失敗をしても会社を首になるわけではありません。失敗を恐れず、思い切って好きなことに取り組んでほしいです。以前、小林製薬の会長にある人が「本当に失敗してもいいのか」と聞いたことがあります。そのとき会長は、「失敗して首になった社員はいるか? 全部自分が責任を持つので好きなことをやれ」と言ってもらったことは忘れられません。
この経験から「部下には好きなことをさせて、自分が責任を取ろう」と決心し、今もこれからも実行していきます。
対談を終えて
人、特にリーダーにとっての「能力」とは、その人の人間としての「魅力」の占める割合が高いのではないだろうか。昨今、IT人材の育成の必要性が叫ばれている。IT独特の育成視点は確かにはあるものの、基本は部門を問わず人間としての成長を促すことにあることをインタビューを通じて改めて確信させていただいた。
藤城氏は人事部を始め、多彩なキャリアをお持ちであるとともに、困難も乗り越えられてきた。「部下には好きなことをさせて、自分が責任を取ろう」とは言葉では無くて、この人だったら本当に実行するだろうなと周囲に思わせる説得力と魅力を持っている。
プロフィール
重富 俊二(Shunji Shigetomi)
ガートナー ジャパン エグゼクティブ プログラム バイス プレジデント エグゼクティブ パートナー
2011年 12月ガートナー ジャパン入社。CIO、IT責任者向けメンバーシップ事業「エグゼクティブ プログラム(EXP)」の統括責任者を務める。EXPでは、CIOがより効果的に情報システム部門を統率し、戦略的にITを活用するための情報提供、アドバイスやCIO同士での交流の場を提供している。
ガートナー ジャパン入社以前は、1978年 藤沢薬品工業入社。同社にて、経理部、経営企画部等を経て、2003年にIT企画部長。2005年アステラス製薬発足時にはシステム統合を統括し、情報システム本部・企画部長。2007年 組織改変により社長直轄組織であるコーポレートIT部長に就任した。
早稲田大学工学修士(経営工学)卒業
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