どん底に追い込まれたから大逆転がある――日清食品 執行役員 CIOグループ情報責任者 喜多羅滋夫氏:長谷川秀樹のIT酒場放浪記(3/4 ページ)
P&G、フィリップモリスジャパンなど、外資系企業の日本法人のシステム部門を経て、日清食品でCIOを務める喜多羅滋夫氏。華やかな経歴を持ちながら、実は「紆余曲折あっての人生」だったという喜多羅氏が語るITエンジニアの成長の糧となる挑戦やキャリア形成のコツとは。
“挑戦と挫折”は、30代のうちに買ってでもせよ
長谷川: 辞められた後、どうなさったんですか。
喜多羅: いろいろ面接に行ったんですが、貧すれば鈍するというか、箸にも棒にもかからない。まったくダメで。そんな時、P&G時代のリクルーターの先輩が1人フィリップモリスに行っていて、そのご縁で引っ張ってもらったんです。「ここでしばらく頑張れば」と励まされて……。今でもその方には頭が上がりませんよ。僕はとにかく人には恵まれていると思います。
長谷川: それは喜多羅さんのP&Gでの仕事ぶりをご存じだったからでしょう。そもそも何もしていない人にそんなラッキーは降って来ないですよ。実際、フィリップモリスでもシステム部門を統括されるなど、大活躍されてるじゃないですか。
喜多羅: あのつらさを脱した後は、どんな苦境でも「どうってことない」って思えましたからね。そして仕事でがんばって返したいと思うようにもなりました。だから、やはりP&Gは辞めてよかったなと。そうでないと、ずっとぬるま湯につかった状態で、挫折も知らず、感謝も知らず、仕事でも人間としてもダメになっていたかもしれないと思います。
長谷川: 安穏とした方を選んで生きてきて、40代、50代になってちょっとしたトラブルでグダグダって人も少なくないですからね。かといって、何も失うものがない20代での失敗とはまた違うわけで。
喜多羅: ええ、30代になっていったん自分の仕事に自信がついてから、それをへし折られるというのは、なかなかヘビーですよ。でも、その“どん底体験”があったからこそ、その後、上司に嫌われようが、状況が厳しかろうが、四面楚歌でも、「あれよりまし」と思えましたから。トルコ人の上司に「俺の許可なしに社長と話すな」って部屋に閉じ込められたこともありましたが、全く気にならなかった。
長谷川: 人生の中で「あの時に比べたら」っていう体験を得られた人は強いですよね。そう考えると、30代のうちに買ってでもしておくべきなんでしょう。
喜多羅: 僕みたいな大失敗はわざわざ選んでしなくてもいいと思いますが(笑)。少なくとも、30代で安定を求めたら成長できないのは確か。とにかく挑戦を続けていれば、自然とボキッとへし折れらる体験は勝手にやって来ると思うので、それを回避しないことですかね。そうすると、40代、50代になっても失敗するのが怖くなくなる。
長谷川: それが第三者からみると、キラキラしたキャリアに見えるんでしょうね。
喜多羅: ああ、そうかもしれません。
僕もいつのまにかCIOなんて偉そうな肩書が付いていますが、はじめからそれを目指していたわけではないですし。むしろ、泥臭いことばかりやって、今も傷だらけで格闘してます。とてもCIOというスマートなイメージとは程遠い。いや、もしかすると、そんなCIOは実在しないんじゃないかと(笑)。
長谷川: でも、楽しそうですよ。
喜多羅: ええ、とても楽しいです(笑)。
もともと日清の情シスは、ホストの運用チームとして粛々とやる小さな組織だったので、逆に「これをすべき」という固定概念がないんです。だから、他社にあるような業務部門との役割や責務の齟齬(そご)はありません。
その曖昧さは、情シスを狭く考える人にはストレスフルでしょうけど、私にとっては「こんなにいろいろやっていいんだ♪」とありがたいですね。今まで自分ができていないことをどうやって実現したろか〜!? ってワクワクしますね。
企業の情熱にITでコミットするのも情シスの醍醐味
長谷川: 自分が「やってきたこと」じゃなくて、まだ「やれていないこと」にワクワクする50代って幸せですよね。それも環境づくりから自分でやろうとしているなんて(笑)。
喜多羅: まあ、それを楽しめない人はつまらないでしょうね。おぜん立てされないと仕事ができないと思っているなら、その壁を取ればもっと楽しめるのになと。
今の僕の目的・目標は、「ITシステム構築をどう作るか」でなくて、「うちのラーメンをどれだけ売るか」ですから。そのためにスキルや経験、知識をどう使うか。それが面白いんだと思いますよ。
長谷川: では、日清食品にとって、ITが最もレバレッジを効かせられそうな部分って、どこなんでしょうか。
喜多羅: うーん、まずは「ここに効く」と明白な部分はありますよね。速くなる、正確になるとか。
でも僕は「ここに効かせなきゃ」というコアコンピテンシーに当てるのが大切だと思っています。その意味では、まずはメーカーとしての「モノづくり」であり、「コンシューマーとーの接点」ではないかと。例えば、何か食べたいときにカップヌードルを想起して、実際に食べてもらうにはどうしたらいいのか。
食の安全に対する意識が高まる中で、日清の課題は「より安心安全な食べ物を、適切な価格で提供すること」なんです。でも、その2つの命題はそれぞれ逆方向を向いていて、安心安全を目指すとコストがかかり、価格に走るとどこかで安全性に問題が生じるわけですね。
それを両立させた「最も高い位置」に持っていくために、ITができることは多いでしょう。例えば工場の品質管理や在庫のロスの削減なんかもそうですね。
長谷川: なるほど、そういえば、アサヒビールさんはビールの鮮度管理を徹底して、それによって製品価値が上がりましたよね。そのあたり、素人的には日本のメーカーはかなり極めているように見えるんですが……。
喜多羅: いやいや、そう思い込んでいるだけで、命題は山ほどありますよ。そもそもスーパードライの件もそれまで「やらないで当然」と思われていたものですし。
長谷川: メーカーの方は、本当にユーザーの意見や反応を知りたがりますよね。
喜多羅: もちろんニーズに対しての興味もありますが、われわれが提案するモノに対する反応も、直接知りたいわけです。
例えば、「とんがらし麺」という激辛麺があるんですが、普通のスーパーでは通年扱ってもらえない。でも、大量に買っていくコアなファンがいる。そうした消費者の要望に対して日清としてどう応えていくのか。そこにITが役立つのではないかと思っています。
長谷川: ラーメンに対する消費者のニーズや距離感も全く変わってきているでしょうね。最初はそれこそ、空腹を安価に素早く満たすためだったかもしれないけど、今はおいしいものが山ほどある中で選んでもらう必要があるわけですから。
喜多羅: そうですね。「10分どん兵衛」とか、僕たちが気付かなかった食べ方や価値を見いだしてくれてたり(笑)。食べることに何らかの物語があって、それが選ばれる理由になっていたりしますからね。
一方、作り手側として継続して挑戦し続けているのが、「ごはん」です。70年代に一度出して撤退したんですが、いまだ取り組み続けている重要課題なんです。
長谷川: ええっ、ごはん? また、どうして。レンジであたためるのも冷凍のもあるし、既にレッドオーシャンじゃないですか。そこにあえてにこだわって臨む理由は何ですか。
喜多羅: やはり日本人の主食だからじゃないですか。手間をかけなくても、手軽においしいごはんがいただける。そこはもう、もうかるとかもうからないじゃなくて、食を担う企業としての「こうありたい」という願いであり、意地でしょう。
でも、そこにはすごく共感できるんですよ。そういう情熱にコミットして、自分たちの技術やスキルを提供するのも、情シス冥利に尽きると思いませんか。
長谷川: そう言われてみると、確かに僕にもそんなところがあるなあ。
その辺りは、合理性より情熱や思いが優ることってありますね。で、最終的にはそれがイノベーションにつながったり、企業としてのアイデンティティーを支えたりするんでしょう。でも「お湯かけ」にこだわらなければな〜って思っちゃいますけどね(笑)。
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