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「ライブ」は唯一無二だがIT活用で広がる「エンターテインメント」の世界は無限「等身大のCIO」ガートナー重富俊二の企業訪問記(2/2 ページ)

「はじめに遊びがあった」という精神に基づいて、事業を展開するぴあ。遊びから生まれるエンターテインメントにより、全ての人に「感動」を与えることを目指している。

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 嗜好(しこう)を追求するだけではなく、嗜好や感動を広げることも実現できてこそ、感動のライフラインにつながると考えています。ワン・ツー・ワン・マーケティングが有効と言われて久しいですが、それだけでは不十分です。さらにその先の共感により、まわりを巻き込んでいくことが必要です。これは、自分自身の中でも、かなりのチャレンジだと思っています。

チケットが取れるのなら富士山にも登る?!

――これまでのキャリアを聞いていると、システム開発担当ではなく、システムを使ったビジネス開発に関わってきた感じですね。

 コーディングもしたことがあるので、システム開発が分からないわけではありませんが、エンジニアではなく、ITとビジネスの接点に携わってきました。ガートナーが提唱している、モード1、モード2というのもリアルに理解できます。

 今は自分たちがやりたいと思っていることを実現するためのシステムを、手順を踏んで作っていく時代ではなく、まず何ができるのかを考えて、それに対してシステムをどう使うかという時代に変わっています。

 さらに、システムそのものがビジネスになる時代でもあります。例えば、チケットのWeb販売システムは、スポーツや音楽などの主催者に、専用のチケット販売システムとしても利用されています。

――エンターテインメントは、スポーツが好きな人もいれば、音楽が好きな人もいて、演劇が好きな人もいます。非常に個人差が大きい業界だと思います。その意味で、大変だけれど面白い世界ですね。

 感動のライフラインという話に戻ると、「ぴあ」という雑誌は、主観や批評はなくして、客観的に「いつ・どこで・誰が・何を」という情報を正確に網羅して、情報の取捨選択は読者に任せる、という編集方針がありました。同じ演劇を見ても、人それぞれ感動する場面は違います。そこで、先入観を与えないことが理由でした。

 必要な情報を網羅的に提供するというのは、ある意味インターネットの時代を先取りしていました。社長の矢内は、「インターネットが登場したときに、こういうことを雑誌でやりたかったんだ、と思ったよ」と話しています。

 インターネットの登場により、雑誌が売れなくなって困るというより、インターネットを待っていたという発想でした。もともとぴあは、かなり早い段階で、出版社ではなく、情報伝達企業であると言い切っています。ではありますが、出版への愛着はあるので、いまだにアナログな部分も会社には残っています(笑)。

――エンターテインメントは、医療のように、この病気にはこの薬というものではなく、嗜好性が高いので、さまざまなアプローチができるという面では大変ですね。

 自分の好きなエンターテインメントは、何があっても参加します。例えば「富士山に登ればチケットが取れます」といえば、富士山に登るでしょう。その人を、いかに他のエンターテインメントに参加させるかが、まずは感動を大きく、マーケットを大きくするための課題です。そこで最近、いろいろな企業とさまざまな実証実験を行っています。

 例えば、美術にはあまり興味のない人が、美術が好きな友人から「週末、美術館に行かない?」と誘われたとします。友人の誘いなので、付いていってみると、意外に新しい発見や共感が生まれ、感動につながるかもしれません。

 これまでは、「こうすれば、こうなるのでは」という感覚的なアプローチでしたが、今後はITを活用することで、データに基づいたアプローチができるかもしれません。これにより、ビジネスチャンスも広がる可能性があります。

苦しいときこそエンターテインメントの力を

――テクノロジーとビジネスの関係は、昔とは大きく変化していると思います。私自身のぴあのイメージは雑誌ですが、インターネットの登場により大きくイメージチェンジしています。次に、どのようなチャレンジを考えていますか。

 まだ明確ではありませんが、インターネットの登場により、時間と距離が短縮されました。その中で、いかにエンターテインメントに触れる時間を増やすことができるかを考えています。

 「ライブ」が場の共有だとすると、「パブリックビューイング」は時間の共有です。ITを活用することで、この2つの共有を、もっと近づければ、感動をさらに増やすことができるかもしれません。

 例えば、SNSの世界で仮想的に集まることも、ライブの楽しみ方の一つにできるかもしれません。幅と奥行きを、ITによっていかに拡大していけるかがチャレンジになります。

 もう一つ考えているのは、チケットを購入するという行為そのものをなくしてもいいのではないかと思っています。チケットを買うというプロセスがなくなれば、時間と距離はさらに縮まります。これにより、新たなビジネスが生まれるかもしれません。

――チケットを購入するのは、その手段の一つでしかないということですね。

 その通りです。その一方で、「ぴあに全然電話やネットがつながらない」という話もよく耳にします。これに対して、本気のクレームもありますが、それ自体を楽しんでいる人もいます。その人は、チケットが取れなかったことを楽しく語ることができます。チケットが取れるか、取れないかも含めて、エンターテインメントの一部になっているのです。

 AIや機械学習を使えば、さらに広がるかもしれません。ライブは唯一無二ですが、ITの活用で広がるエンターテインメントは無限です。例えば、DVD販売もその一つですが、今後はVRやARによりさらに広がる可能性もあります。ユーザー体験をいかに満足させるかにかかっていると思います。こうしたことを考えられる人が、今後のビジネスの中心になるのではないでしょうか。

――そのためには、どのような人材が必要なのでしょう。

 当然、テクノロジーを理解しておくことが必要です。しかし、求められるのはITオタクではなく、ITを活用したビジネスを生み出せる人です。既存のビジネスにこだわっているうちは、ITの時代を最大限に満喫しているとはいえません。発想が広がったときに、はじめて次の時代に移れるのではないかと思います。そういった時代が、すぐそこまで来ています。

――次の世代の人たちに対する期待やアドバイスをお願いできますか。

 まず私自身の反省点として、外部の人との面会時間が多すぎて、社内のメンバーとのコミュニケーションが少なかったことがあります。今後は、仕事の指示、命令だけでなく、成功体験はもちろん、失敗も含めて、もっと自分の経験を、社内のメンバーに伝えていかないといけないと考えています。

 チャンスは無限にあるので、やりたいと思ったことにはチャレンジしてほしいです。失敗するか、成功するかは、二の次です。失敗しないにこしたことはありませんが(笑)。失敗しないために、ITを勉強して最大限に活用すれば、成功率が高まります。これからのビジネスは、ITとセットで考えるべきです。

 そして、お客さまが感動している姿を見てほしいです。楽しいときはもちろんですが、苦しいときほどエンターテインメントが重要になります。苦しいときに、エンターテインメントの力で感動して、また頑張ろうと思えるかもしれません。不景気のときや震災のときなど、エンターテインメントは景気の影響を受けなかったのは、そのためかもしれません。

 自身ももし仕事で行き詰まったら、エンターテインメントで感動して困難を乗り切ってください!


ぴあ 川端氏(右)、ガートナー 重富氏

対談を終えて

 「はじめに遊びがあった」「感動のライフラインを実現する」といった言葉を聞くと、こちらまで何かウキウキしてしまう。このようなイメージとは裏腹にエンターテインメントほど、個人の感覚に左右される“商品”は他にない。そこに、難しさや奥深さがあること、ITやテクノロジーが大きな可能性を持っていることを川端氏は強調された。

 最も大切なことは、エンターテインメント・ビジネスに携わる人々自身が、他の誰よりも仕事を「楽しむ」ことなのだということを、楽しそうにインタビューに応えていただいた川端氏から強く感じられた。

 来年、再来年と続く国際大会が、ますます楽しみになってきた

プロフィール

重富 俊二(Shunji Shigetomi)

ガートナー ジャパン エグゼクティブ プログラム バイス プレジデント エグゼクティブ パートナー

2011年 12月ガートナー ジャパン入社。CIO、IT責任者向けメンバーシップ事業「エグゼクティブ プログラム(EXP)」の統括責任者を務める。EXPでは、CIOがより効果的に情報システム部門を統率し、戦略的にITを活用するための情報提供、アドバイスやCIO同士での交流の場を提供している。

ガートナー ジャパン入社以前は、1978年 藤沢薬品工業入社。同社にて、経理部、経営企画部等を経て、2003年にIT企画部長。2005年アステラス製薬発足時にはシステム統合を統括し、情報システム本部・企画部長。2007年 組織改変により社長直轄組織であるコーポレートIT部長に就任した。

早稲田大学工学修士(経営工学)卒業


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