ANAの改革推進トップに聞く “変われなかった現場”でイノベーションが起きたわけ(2/3 ページ)
国内外の厳しい競争にさらされている航空業界。勝ち残っていくためには、働き方にイノベーションを起こし、顧客本位のサービス開発ができる体制を整えることが不可欠だ。ANAの改革をけん引する野村氏はどうやって現場にイノベーションマインドを根付かせたのか。
そうして1年が過ぎた頃、イノベーション推進部の部長も兼務する人事発令が出て、2つの組織の兼務となった。
「イノベーション推進部」という部署名を聞いて、てっきりAIやIoTなどを使った先進的なITの取り組みができると思っていた野村氏だが、着任した部門で目にしたのは、イノベーションとはかけはなれた光景だった。実際には標準化の考えに照らして「うちでは扱えないから」とこぼれてきた案件を、限られた時間と予算の中で何とかやりくりしていたのだ。
「イノベーションといっても未来志向ではなく、既存のシステム開発のスキームに載せにくい案件が『よく分からないから、そっちでお願い』と、ただ回ってきているだけでした。しかもトップからは『とにかくイノベーションしろ』とプレッシャーをかけられ、ユーザー部門からは『われわれが出した要望は、いつになったら実現できるのか』と迫られる状況の中、炎上案件の火消しに追われる毎日だったのです」(野村氏)
こんな状況ではイノベーションを起こすどころの話ではない。そこでまずは、既存案件の火消しに最優先で当たり、それと同時に、少しずつイノベーションの実現に向けた種まきをしていった。
メンバーに変革マインドを持ってもらうために最初に行ったのが、『イノ推 五輪の書』というガイドラインの策定だ。「五輪書(ごりんのしょ)」とは、戦国時代末期から江戸時代初期に活躍した剣豪、宮本武蔵が記した兵法書。野村氏は同書の体裁を借りて、以下のような形でイノベーション実現のためのマインドセットを示した。
しかし、こうしたマインドセットが現場に浸透するまでにはやはり時間がかかったという。当時、イノベーション推進部で働いていたメンバーの1人は、当時を次のように振り返る。
「それまでは、会社の中期計画からブレークダウンした事業計画があり、それを粛々とこなすのが私たちの仕事でした。それが野村さんが着任してからは、いきなり五輪書のようなものを打ち出されたわけですから、『これは一体何だろう』と戸惑ったのを覚えています」(イノベーション推進部スタッフ)
だが、五輪書の理念は徐々に現場に浸透していったという。野村氏がマインドセットをベースにメンバーの意識をそろえることの重要性を粘り強く説き続けたことも奏功したが、何より野村氏自らが炎上案件の火消しの先頭に立ち、泥臭い仕事をこなすこと中で、現場からの信頼を獲得していったことも大きかったという。
この五輪書の内容は、常に最新の市場動向やビジネス環境、社内事情に即応できるよう、毎年、更新を加えている。「これもまた、マインドセットを現場に根付かせるための重要なポイントの1つなんです」(野村氏)
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- 「好きな日に働き、嫌いな仕事はやらなくていい」――“自由すぎるエビ工場”が破綻しない理由
「好きな日に連絡なしで出勤・欠勤できる」「嫌いな作業はやらなくてよい」――工場のパート従業員にそんなユニークなルールを導入したところ、働く人の熟練度や連携が向上し、仕事の効率や品質が向上、採用や教育のコスト低減も実現したというパプアニューギニア海産。その秘訣とは? - 日清食品HDの知られざる「IT革命」とは? 変革の立役者に直撃
40年間使い続けた古いシステムを撤廃、ビジネスの課題を解決できるIT部門へ――。そんな大きな変革プロジェクトでIT賞を受賞したのが日清食品ホールディングスだ。2013年、CIO(chief information officer)に就任した喜多羅滋夫氏は、どんな方法で昔ながらのIT部門を“戦う集団”に変えたのか。プロジェクトの舞台裏に迫った。 - 元楽天トップセールスが編み出した「半年でチームを自走させる」マネジメント、3つの秘訣
少子高齢化に伴う人材不足が深刻化する中、“今、いるメンバーの力をどうやって最大化する”かが、リーダーの腕の見せ所だ。元楽天のトップセールスマンが編み出した、短期間で自走するチームを作る方法とはどんなものなのか。 - 間違った方向に行きかけたとき、プロジェクトを止める勇気を持てるか――「東証を変えた男」が考えるリーダーシップの形
今やビジネス課題の解決に欠かせない存在となっているIT。この「ビジネスとITをつなぐ」かけはしの役割を担うリーダーになるためには、どんな素養、どんな覚悟が必要なのか。 - 1年半でシステム刷新のクックパッド、怒濤の「5並列プロジェクト」に見る“世界で勝つためのシステム設計”
海外展開を視野に入れ、“世界で勝つためのシステム構築“に取り組むことになったクックパッド。海外企業を参考にプロジェクトを進める中、日本企業のシステムとそれを支える組織との間に大きな差があることを認識した同社は、どう動いたのか。また、分散と分断が進み、Excel職人が手作業で情報を連携している状態から、どのようにして統合された一貫性のあるシステムに移行したのか――。怒濤のプロジェクトの全容が対談で明らかに。