10年後、さらに10年活躍できる組織を目指すアステラス製薬:「等身大のCIO」ガートナー重富俊二の企業訪問記(2/2 ページ)
変化する医療の最先端に立ち、科学の進歩を患者さんの価値に変えていくことで、ステークホルダーや社会からの期待に応え続けるアステラス製薬。デジタルを含むさまざまな技術の活用により、イノベーションを継続的に創出できる組織の実現を目指している。
――確かに、リーダーが眉間にしわを寄せて「忙しい」といっているのは部下にとっていいことではないですね。普段は80%くらいの力で仕事をして、いざというときに120%出せればいい。ずっと80%の自分への自己弁護ですけどね(笑)。部長になって8年の“証”とはどのようなものでしょう。
やはり、組織のグローバル化です。この8年間で、アウトソーサーのグローバル再編や組織のグローバル化を行ったり、システムや運用を標準化したりして、「グローバルで1つの会社」の実現にかなり貢献できたと思います。会社の中で、自分がやるべきことが明確だったので、非常にやりやすかったです。この8年間で、かなりのレベルまで、グローバル化を実現できたと感じています。
いまの世代に「野武士集団」を期待するのは酷
――アステラス製薬も、ずいぶん変わりました。僕がいたときは、まだ途上だったので、グローバル化には10年かかったということですね。
グローバル化とともに、もう一つ目指したのが、10年後にその後の10年間に不安のない組織を作るという目標の達成でした。組織に流動性がないと、3年経てば平均年齢が3歳上がります。2011年10月に部長になったとき、10年後には定年退職などによりこの組織にいないと思われる多くの社員が組織の中核を担っていました。このままでは、10年後にIT部門が会社の進化に貢献できなくなってしまいます。そこで10年後に、さらに次の10年間に活躍できる安心なIT部門にしなければならないと考えました。
部長になったとき44歳で、IT部門の平均年齢も44歳でした。それから約8年たちましたが、IT部門の平均年齢は44歳を下回りました。現在のIT部門は、50人程度のメンバーですが、この10年で20人以上がIT部門を離れ、20人以上が新しく参加しています。現在の部員の半分近くは、僕が部長になってから社内異動やキャリア採用、新卒採用でIT部門に所属した人で、なぜか20代、30代は女性が半数を超えています。
――僕が部長のときには、IT部門は「野武士集団」といわれていましたが、かなりソフィスティケートされたようです(笑)。組織の成長のまっとうなプロセスを歩んできたと思います。
僕たちの世代も含めた上の世代には、野武士が多いのですが、同じことを若い世代に期待するのは酷だと思います。よく他社でも聞く話なので一般論として話しますが、IT業界の45歳以上を3年生、35〜45歳を2年生、それ以下の年代を1年生に例えて話をします。いまの3年生が1年生のときは、ITの黎明期で先輩もいないし、バブル景気だったのでやりたい放題でした。
その後、いまの2年生が入社しますが、彼らはバブル景気がはじけ、就職氷河期をかいくぐってきたメンバーなので、比較的おとなしい世代でした。そのため、3年生世代という先輩を持つ後輩という立場にいました。さらに、ミレニアルと呼ばれる1年生世代が入社してきますが、彼ら・彼女らはそれまでの慣習にただ従うのでなく、自分の好きなことを考えて動きます。
そのため3年生は、面白い1年生が入ってきたと、2年生を飛ばして、1年生をかわいがるという構図ができてしまい、結果として2年生は保守的になってしまっている気がします。ただし、2年生にも優れたメンバーはいますので、きちんと見極めて、2年生、1年生がリーダーシップが取れる組織にしたいと思っています。また、2年生世代は公私ともに立場や責務に変化がある時期で、いろんなことを考えさせられる大切な時期なのだと思います。
――「2年生頑張れ!(笑)」という思いも込めて、今後のITリーダーに対してメッセージをお願いします。
2018年の終わりごろから、IT部門や海外のメンバーによく「私が期待するIT人材像」として話しているのは、「(ソムリエ+SF映画監督)÷2」です。これは、アステラス製薬のIT部門のあるべき姿を創っていくためのコンセプトです。
IT部門のメンバーに身につけてほしいことの1つは、デジタル技術に対する“目利き力”です。使えるデジタル技術、使えないデジタル技術を見極め、最適なデジタル技術を、ビジネス部門に提案・アドバイスできる力を持っている人が“ソムリエ”です。
アステラス製薬のIT部門は、自社でシステム開発をしません。プログラムを書くことも、システム運用も自分の手では行いません。コンサルティングや上級SE、マーケティングなどの集団です。つまり、自分でワインは作りませんが、豊富な知識を持ち顧客の意向を読み取れるソムリエとしてお客さまに最適なワインを提供できるのが価値です。
また、デジタル技術により、仕事を変える、社会を変える、生活を変えることが必要です。そこで、デジタル技術を活用した将来をデザインして、それを見せる力が必要です。ストーリーテラーとして、人の心に訴えられるコミュニケーションができなくてはいけません。さらに、人を動かすリーダーシップも必要です。
人が動くようになったら、それを実装して未来を現実のものにし、最終的にエンターテインメントとして利益を得ます。これが、SF映画監督です。多くの会社が、デジタルトランスフォーメーションをしたらどんなに素晴らしい世界が来るか、イメージビデオを作っていますが、それが現実に近いSF映画だと思います。
ある部員に、発想力や創造力を鍛えるためにSF映画を見ろと伝えたら、同世代の部員を集めて本当にSF映画を見たそうです。映画を見る前に、こんなテクノロジーで、こんなことができるという話をしてから映画を見たそうですが、いかに自分たちの発想が貧弱であるかを思い知らされたと話していました(笑)。
――「(ソムリエ+SF映画監督)÷2」を実現するためには、何が必要ですか。
全てができる人は、多くないので、自分は何が得意で、何が苦手かを明確にし、苦手な部分を補完してくれる人は誰なのか、を把握することが必要です。チームであれば、全てをカバーできるので、チームとして取り組むことが必要です。全ての苦手を完全に補完できれば、すごいチームを創ることができます。これが10年後も、さらにその先の10年間も活躍し続けられる組織になれるかどうかの分岐点です。
対談を終えて
今回のリーダーは昔から良く知っている人物なので、これまでで一番「やりにくい」インタビューと思いながら臨んだ。しかし、その心配は全くの杞憂であることがすぐに分かった。私の前に居たのは、私が知っている8年前の彼ではなく、新しい時代に適応してはるかに成長した彼だったからだ。
組織とそのリーダーは、常に過去を乗り越え、変えるべきところは果敢に変えることによって成長し前進することができる。そして、さらに次のリーダーに想いを託すことによって成長できればこれほど幸せなことはない。そんな頼もしさをも感じたインタビューであった。
シリーズを終えて
今回のインタビューで、7年間、17回にわたったシリーズを私の都合で終えることになった。「等身大のCIO」と名付けさせていただいたように、ITだけに焦点を当てるのではなく、CIOのリーダーシップに着目してインタビューを行ってきた。
多くのリーダーにインタビューさせていただいて、気が付いた共通点をいくつか挙げてみたい。
(1)覚悟と勇気
「リーダーの最大の資質とは、自分がリーダーであることを自覚していること」。確か、作家の塩野七生さんがその著書の「十字軍物語」でそのように書かれていた。
それぞれリーダーになった経緯はあるにせよ、共通していることは、自分の考え方を持ち、高い志を持って、決して部下任せにするのではなく、リーダーでしかできない事にチャレンジしている姿である。
(2)チャンスを逃さない
長い人生の間には、いろいろな分岐点があるように思う。分りやすい分岐点もあるだろうが、後で振り返ってみて「あの時が分岐点だった」と思うこともあるのではないだろうか。
優秀なリーダーは、そのタイミングを確実に察知し、あるいはその瞬間を生み出す努力を不断に行い、チャンスを逃さない。そのチャンスは、自分自身ということもあるのだろうが、周囲の人によってもたらされることが多いように思う。
(3)人間的な魅力
人は理論だけでは動かない。もちろん、多くの共感を得られるような理論やビジョンは必要であることは間違いないが、それを動かす具体的な仕組みや“本気”を示すための日常からのオペレーションがより重要である。
苦しくても目標をやり遂げようと部下が思う時、人から信頼され愛されるリーダーの人間性そのものが何よりも重要になる。
最後に、私のインタビューにこころよく応えていただいたリーダー各位に改めて感謝させていただきます。どうかこれからも、日本のビジネスのため、世界の発展のために、ITから新しい価値を人々に提供し続けていただきたいと願います。
また、支援いただいたITmedia エグゼクティブの方々にお礼を申し上げます。
プロフィール
重富 俊二(Shunji Shigetomi)
ガートナー ジャパン エグゼクティブ プログラム バイス プレジデント エグゼクティブ パートナー
2011年 12月ガートナー ジャパン入社。CIO、IT責任者向けメンバーシップ事業「エグゼクティブ プログラム(EXP)」の統括責任者を務める。EXPでは、CIOがより効果的に情報システム部門を統率し、戦略的にITを活用するための情報提供、アドバイスやCIO同士での交流の場を提供している。
ガートナー ジャパン入社以前は、1978年 藤沢薬品工業入社。同社にて、経理部、経営企画部等を経て、2003年にIT企画部長。2005年アステラス製薬発足時にはシステム統合を統括し、情報システム本部・企画部長。2007年 組織改変により社長直轄組織であるコーポレートIT部長に就任した。
早稲田大学工学修士(経営工学)卒業
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