デジタルでヘルスケアのトップイノベーターを目指す――中外製薬 執行役員 デジタル・IT統轄部門長 志済聡子氏:デジタル変革の旗手たち(2/2 ページ)
関東大震災を目の当たりにした上野十藏が、「世の中の役に立つくすりをつくる」という使命感から1925年に創業した中外新薬商会。世界が未知の感染症に対する医薬品を希求した2020年、中外製薬はさらなる創薬力の強化に向けたDX戦略を発表した。ITmedia エグゼクティブ エグゼクティブプロデューサーの浅井英二が話を聞いた。
「デジタルを活用することで、新薬の提供だけでなく、薬の価値を高める領域もカバーしたいというのが、製薬会社の目指す新たな世界です。例えば同じがんの治療でも、個々の患者さんのがんで起きている遺伝子変異が違うため、さまざまな治療方法が考えられます。そこで患者さんに起きている変異を解析し、データを医師にフィードバックすることで、より適正な治療が何かを検討し、最適な治療計画を立てる個別化医療が可能になります。製薬会社はこれまでの薬の開発にとどまらず、デジタル技術により患者さん・医療関係者に新たな価値が提供できることとなり、それが最終的には自社の強みになります」(志済氏)
真の個別化医療を達成するためには、ゲノムデータやリアルワールドデータなどを利用した臨床開発プロセスの刷新や、デジタルバイオマーカーなどによる疾患理解の深化が不可欠となる。ゲノムデータの解析では、がん関連遺伝子変異解析プログラムであるFoundationOne CDxがんゲノムプロファイルを提供している。これは、ロシュ社が保有するファウンデーション・メディシン社が提供するソリューションだ。日本市場では、2019年より中外製薬が市場展開している。
また、レセプト(診療報酬明細書)や電子カルテなど、臨床現場から得られる匿名化された患者データであるリアルワールドデータを活用することで、臨床開発プロセスの刷新も目指している。2019年から、RWDを提供する複数の企業と契約し、チームを立ち上げ、データが使えるのか、使えないのかも含め、まずはやってみようというスタンスでデータ活用を始めている。
中外製薬でのDX推進は、とにかくスタートダッシュの1年
こうしたDX推進の取り組みは社外からも高い評価を得ている。2020年8月には、経済産業省と東京証券取引所が共同で選定する「DX銘柄2020」に、医薬品業界で唯一選定されている。約3800社の国内上場会社から、DXを推進するための仕組みを社内に構築し、優れたデジタル活用の実績が表れている企業を評価するもので、2020年は35社が選定されている。
「DX銘柄は、企業価値を示す1つの指標になっています。DX銘柄に選ばれたことは認知度の向上につながり、メディアやアナリストからの注目が高まりました」(志済氏)
中外製薬はDXを2030年に向けた新成長戦略のドライバーの1つと位置付け、デジタルを活用し革新的な新薬の継続提供を目指している。
「DXの本質は、会社の1丁目1番地のところにどう刺さるか。そのように取り組まないと全社員、全役員のモメンタムは上がりません。みんなが知らないところで粛々と取り組むのもやり方の1つかもしれませんが、バックオフィスの大変革といっても誰もピンとこないように、本質は、やはり事業のコアとなる活動に、いかにデジタル変革という文脈を作り、中外製薬はデジタルの会社であるという社内のモメンタムをいかに高めるかが重要です」(志済氏)
日本アイ・ビー・エムの執行役員として、セキュリティ事業や公共事業などの要職を歴任し、大学の先輩でもある中外製薬 代表取締役会長 小坂達朗氏からの熱心な誘いもあって2019年5月に中外製薬に転職した志済氏。
「まだ1年目なのでこれからですが、やり続けることが重要です。就任当初、中外製薬のデジタル化は、同業他社に比べて遅れていると感じました。これを挽回するためには、スピード感しかありません。とにかくスタートダッシュの1年でした。飛行機に例えると、滑走して、ちょうど車輪がフワッと浮いたところに過ぎませんが、あとは一気に上昇するイメージです。今後は、DXの中身にどんどん取り組んで、真の個別化医療の進展に貢献していきたいと考えています」(志済氏)
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