働き方大改革でコロナ禍を乗り越え、社内の空気が一変し多くの社員がDX推進にかかわるように――キッツ CIO・IT統括センター長 石島貴司氏:「等身大のCIO」ガートナー 浅田徹の企業訪問記(2/2 ページ)
就職するまでコンピュータにまったく興味がなく、触ったこともなかったIT担当執行役員は、なぜキッツのDXを実現させることができたのか。従来から大事にしてきたのは、何事も試してみる精神だった。
仕事の世界では努力する時間だけは誰にも負けない
――これまでの経験で記憶に残っていること、いまの自分に影響を及ぼしていることについて聞かせてください。
「人生は流されてみることも大事」だということです。これまで想定していなかったことを数々経験してきましたが、そこで全力で取り組むことで新たな気付きや自分の可能性、楽しみ、予想もしていなかった道が見つかりました。好き、嫌いではなく、とにかく与えられた使命に挑戦してみることも大事だと感じています。
――「流されてみる」というと後ろ向きに聞こえますが、自分の可能性を狭めずに、常に新しいことに挑戦するということですよね。
そのとおりです。新型コロナウイルス感染症の世界的拡大もまさにそうですが、自分の周りは自分の意思とは関係なく変化するので、その状況に対して「こうあるべき」と決めつけると変化に対応できません。常に間口は広く取っておき、柔軟であることが重要です。やったことがなくてもやってみる「流されてみる精神」を大事にしています。
キッツは70年以上の歴史のある会社なので、変えてはいけないこともありますが、これは残すべき、これは変えても良いということが明確です。ダイバーシティに関しては、外国人などに限らず、日本人であっても老若男女、もっと言えば1人1人考えが違うので、違って当たり前という発想で異なる意見も良く聞き、議論をし尽くせば、良い結果になるはずです。
よく天才は2%といいますが、2%の天才は何かに特別に秀でた人で、多分違う世界の人なのであまり直接的に交わることはないと思っています。自分が仕事をしている世界では、ほとんどが普通の人の集まりなので、同じ普通の人なら努力した時間が長いほうが勝つと信じています。そこで努力する時間だけは負けないようにしようと取り組んできました。
――現在のビジネス上の最重要課題は何でしょう。
キッツの中核事業であるバルブは、エジプト時代から利用されています。ものが流れるところには気体であれ液体であれ必ず流す・止めるを担うバルブがあり、バルブ自体がなくなることはありませんが、時代の変化とともに技術的に進化もしますし求められるシーンや使い方は変化します。日本の人口が減っていくことを考えると、建物だけが増え続けることはないので国内の一般的な建物で使われるバルブも減っていきますし、脱炭素時代では石油関連業界でのバルブ利用も減少傾向にならざるを得ません。その代わりに次世代のエネルギーである水素や天然ガス、あるいはデータセンターで使われる空調用のバルブや半導体製造関連、ファインケミカルなどの市場でキッツのバルブが活躍できる場面は多くなると考えています。
これまでの市場も大事にしつつ、これから伸びていく市場に対して注力していくことが必要です。市場が変わるということは、新しい製品開発を進めることも、新しいお客様を開拓することも必要です。新しい市場のお客様をより理解するためには、お客様の声をデジタルの力で集約し、管理して分析できる仕組みが欠かせません。
さらに精度の高い生産計画の実現をデジタルで支援すること、新しいお客様にキッツという会社をより認知してもらい製品やサービスの候補としてもらうことも重要です。今後もデジタルでできることは山ほどあります。そのための取り組みを、業務も知りつつITスキルも高い少数精鋭のスタッフが支えてくれています。
「ちょんまげ」をやめた日本人は変わることへの抵抗が少ないはず
――今後のCIO、ITリーダー、IT部門はどのようにあるべきでしょうか。
ITやデジタルは、企業になくてはならないキードライバーになっています。ITは人の営みを代替するツールであることに変わりはなく、いかに効率化し、効果的にビジネスを展開するかが目的です。これまではビジネス部門がやりたいことをIT部門がプログラミングすることが中心でしたが、これからは情報システム部門が業務の変革を推進していくことが必要です。
一方、ビジネス部門もITを理解して、何ができるかを一緒に考えることが必要です。ITとビジネスの境目がどんどんなくなっている現在、いかにプロアクティブにビジネスを変革していくかを提案できる組織形成や人材育成が重要です。あと数年もすればコンピュータは特別なものではなく、誰もがプログラムやシステムを作ることができる紙や鉛筆のような存在になるでしょう。それを最も熟知し、いかに活用すればビジネスに最大の価値を提供できるかを提案するのが情報システム部門の役割です。
――そういったマインドセットは、すでに社内のスタッフに醸成されているのでしょうか。
人により差はありますが、少なくとも5年前に比べれば意識改革は進んでいます。スタッフには、「もし30分あったら外部の情報を集めなさい」と話しています。社内の情報だけでは井の中の蛙になってしまい、自分たちがこれでいいのかも分からなくなります。毎年、グループ単位に取り組む技術研究会を開催していますが、2024年のテーマはAIで、各グループがそれぞれターゲットとするビジネスオーナーを見つけAIを活用することで得られるビジネス効果について検証しています。外部から新しい風(自分たちに無い見方や考え方など)が入ることも重要なため人材を採用することも継続して行っています。
――最後にこれからの人材に期待することを聞かせてください。
繰り返しになりますが、日本の最大の課題は、島国のため閉鎖的で、単一民族、単一言語、単一文化で同じ考えのため世界も同じだと勘違いしていることです。また同調圧力が強く変化が難しくなっていることも課題です。
変化が激しい現在、変革できないのは致命的なので、当たり前のことに疑問を持ち、変えるべきことかどうかを考え、変えるべきはどんなに苦しくてもあきらめず変革することに尽きるのではないでしょうか。
実は日本人は、変わることが不得意ではないはずです。明治維新で着物から洋服に変わり、「ちょんまげ」もやめています。本当は柔軟性が高いはずなのに、不得意だと思い込んでいるのです。そこで若い人たちには「恐れず変わろう」と言い続けたいと思っています。
対談を終えて
実は石島さんと最初にお会いしたのは、今から10年ほど前、石島さんも私も前職で、某ベンダーの合宿セミナーでした。その時から何か気になっていた方で、今回ようやく再会を果たしました。
石島さんのお話を伺っていると、CIO/ITエグゼクティブとして、素晴らしい経験・実績を次々と積み重ねてこられたことに驚きます。これは単に「運が良かったから」で片づけられるものではなく、「やったことがなくてもやってみる『流されてみる精神』を大事にしています」というマインドセットによるところが大だと思います。それに加えて、「努力する時間だけは負けないようにしようと取り組んできました」という、たゆまぬ努力。マインドセットと努力。石島さんも、ゴーンさんに劣らず、「特別なことではなく、当たり前のことを、当たり前に」という、実は本当に難しいことを続けてこられた方だと思いました。
プロフィール
浅田徹(Toru Asada)
ガートナージャパン エグゼクティブ プログラムリージョナルバイスプレジデント
2016年7月ガートナージャパン入社。エグゼクティブ プログラム エグゼクティブパートナーに就任。ガートナージャパン入社以前は、1987年日本銀行に入行し、同行にて、システム情報局、信用機構室、人事局等で勤務。システム情報局では、のべ約23年間、業務アプリケーション、システムインフラ、情報セキュリティなど、日銀のIT全般にわたり、企画・構築・運用に従事。とくに、日本経済の基幹決済システムを刷新した新日銀ネット構築プロジェクト(2010年〜2015年)では、チーフアーキテクトおよび開発課長として実開発作業を統括。2013年、日銀初のシステム技術担当参事役(CTO:Chief Technology Officer)に就任。日銀ITの中長期計画の策定にあたる。
2018年8月、エグゼクティブ プログラムの日本統括責任者に就任。
京都大学大学院(情報工学修士)および、カーネギーメロン大学大学院(ソフトウェア工学修士)を修了。
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