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【第3回】部下からの耳の痛い話に、上司はどう向き合うべきか「働きがい改革」に本気の上司がチームを覚醒させる

トップや上司が、部下や若手の本音をしっかり受け止め、対話をする。それが職場再生につながるのではないだろうか。

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昭和気質の幹部に悩むある中間管理職


『「働きがい改革」に本気の上司がチームを覚醒させる: 上司も部下も幸せになるマネジメントの極意』

 ある大企業の部課長研修での一コマです。私たちFeelWorksの講師は、上司と部下の1対1の育成面談の意義を講義していました。多様化が進む今日、「任せて、応援して、内省させる」3つのステップが大切です。

 まず、面談で部下の気持ちや意見をじっくり傾聴し理解する。そして、(1)部下一人ひとりの個性や持ち味を活かせる仕事を本人の納得のもと任せ、(2)主体性と創意工夫を引き出すよう応援し、(3)成功や失敗からしっかり学べるよう内省に導くことが必要と説きました。すると、熱心に聴いていた1人の受講者が、次のような悩みを吐露したのです。

 「講義を聴いて、部下との面談の大切さを痛感したが、これを上司である役員に話せば、『そんなかしこまった面談、わざわざ時間内にやるものじゃない』『飲みに誘い、ざっくばらんに腹を割って話し、本音を聴け』と、一刀両断されてしまいます。」

 確かに、昭和の時代は、欧米に追いつけ追い越せの発展途上で、部下に「任せる」仕事に事欠きませんでした。「応援」も、叱咤激励し時間を気にせず働かせれば、成果が出ました。そして「内省」は、部下を飲みに連れ出し夜を徹して語り合ってきたのです。 この方法で自らも育ち、部下を指導してきた昭和気質の幹部の感覚に圧され、現場の第一線にいるリーダーが板挟みで悩んでいるのです。

面従腹背は自分のためにも会社のためにもならない

 私がこのケースで懸念するのは、若手リーダーが不本意にも面従腹背となり、人や組織の成長に必要と考える行動を諦めることです。上意下達の組織文化に追随し、幹部のアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見、思い込み)に気づきつつ黙認する。これでは、自分にも会社にもマイナスです。この一人ひとりの諦めの積み重ねが、平成の30年間の日本企業の衰退を招いた大きな一因に思えてなりません。

 この「上司や組織の壁」の問題を考える時、私が想起するのが夕張市長時代にインタビューした現・北海道知事の鈴木直道氏です。シングルマザー家庭で、苦学して東京都の職員に就いた鈴木氏。 28歳で、当時国内唯一の財政再建自治体だった夕張市に応援派遣され ます。

 もともと1年の任期ですが、やっと地元を知り、職員や住民との信頼関係もでき、仕事ができ始めた時期の離任は納得できない。後任が着任しても、1年同じことを繰り返すことになり、本来果たすべき仕事が進まない。留任を直属上司に願い出るも、巨大組織・東京都の 人事を覆すのは困難。

 そこで上司に相談しつつ機会をうかがい、当時の猪瀬副知事に直談判。心意気が伝わり、異例の2年目派遣を実現したのです。

 これを機に、鈴木氏は夕張の再建にのめり込み、結果、30歳の若さで夕張市長に推挙され見事当選。2期8年弱、市政に尽力し、その後、北海道知事へと歩みを進めました。 鈴木氏が都職員時代に行った組織トップへの直談判は、組織のご法度と考える人もいるかもしれません。十数万人が働く巨大組織の中の20代ヒラ職員が、都政ナンバー2相手ですから。

 しかし、それは私憤や私欲でない、夕張を良くしたい一心によるもの。また、上司にも事前に仁義を切っての行い。この利他的・愛他的行動が圧倒的な上をも巻き込み、 見事に結実したのです。

 ややスケールの大きい話かもしれません。けれども、上司や組織の壁が意図されたものでなく、形骸化した慣例や無意識の思い込みの結果だとしたら……。すぐに諦めて面従腹背に陥ることは、誰のためにもならないのではないでしょうか。

上司は異見を歓迎しよう

 上からの指示命令への違和感や、部下からの耳の痛い話などの問題を上司側はどうとらえるべきでしょうか。低迷していたソニ ーを見事復活させた経営者・平井一夫氏の姿勢が、その範となります(『ソニー再生 変革を成し遂げた「異端のリーダーシップ」』平井一夫、2021年、日本経済新聞出版)。

 平井氏は、ソニーグループの傍流で経営経験を積み、トップに就いた人です。グループ会社のCBS・ソニーに入社し、上司に見染められて、ソニー・コンピュータエンタテインメント・アメリカ、ソニー・コンピュータエンタテインメント、そしてソニー本体のトップに 抜てきされ、経営改革で結果を出したのです。

 特に学ぶべきは、部下の「異見」(異なる意見)に耳を傾けることが、真の職場改革の要諦との信念です。経営改革チーム会議の冒頭、メンバーに対し「異見があれば、遠慮せず 出してほしい。後になって『本当はあの時、私は違うと思った』と言うのは、なしにしてほしい。違うと思うなら、今そう言ってほしい」と語ったといいます。

 トップや上司が、部下や若手の本音をしっかり受け止め、真摯に対話をする。それが職場再生のスタートだと信じたのです。

 艱難(かんなん)辛苦(しんく)を耐え抜いてきた、現在の経営トップや管理職などのリーダーには、強い自負や自信があるでしょう。だからこそ自分の信念を客観的に見詰め直す思考力鍛錬が欠かせないのです。

 科学ジャーナリストのデビッド・ロブソンは著書『知性の罠 なぜインテリが愚行を犯すのか (日経ビジネス人文庫、2025年)で、知的研鑽を極めてきたエリートがなぜ判断を誤るのかを分析し、こう述べています。

 「知能も教育水準も高い人は、自らの過ちから学ばず、他人のアドバイスを受け入れない傾向がある。しかも、失敗を犯したときには、自らの判断を正当化するための小難しい主張を考えるのが得手であるため、ますます自らの見解に固執するようになる。さらにまずいことに、こうした人々は「認知の死角」が大きく、自らの論理の矛盾点に気づかないことが多い。」

 時代の変化は大きく、企業は変化に対応できなければ持続・成長できません。上司には、部下の異見を歓迎し、謙虚に耳を傾け、自身の経験値の呪縛を乗り越える姿勢が求められるのです。


※本稿は前川孝雄著『「働きがい改革」に本気の上司がチームを覚醒させる: 上司も部下も幸せになるマネジメントの極意』(合同フォレスト、2025年8月)より一部抜粋・編集したものです。「管理職は罰ゲーム」とやゆされる昨今、いかにして経営者・管理職自身と職場に「働きがい」を取り戻すか。―そのヒントを得たい方は、ぜひ同書をご参照ください。

著者プロフィール:前川孝雄(株式会社FeelWorks代表取締役/青山学院大学兼任講師/株式会社働きがい創造研究所会長)

人を育て活かす「上司力(R)」提唱の第一人者。1966年兵庫県明石市生まれ。大阪府立大学(現大阪公立大学)、早稲田大学ビジネススクール卒業。リクルートで「リクナビ」「ケイコとマナブ」「就職ジャーナル」などの編集長を経て2008年に(株)FeelWorks創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに研修事業と出版事業を営む。「上司力(R)研修」シリーズ、「50代からの働き方研修」、「ドラマで学ぶ『社会人のビジネスマインド』新入社員研修」などで500社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年に(株)働きがい創造研究所設立。情報経営イノベーション専門職大学客員教授、(一社)企業研究会 研究協力委員サポーター、(一社)ウーマンエンパワー協会理事なども兼職。著書は『本物の「上司力」』(大和出版)、『部下を活かすマネジメント“新作法”』(労務行政)、『部下全員が活躍する上司力 5つのステップ』(FeelWorks)、『人を活かす経営の新常識』(FeelWorks)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『ダイバーシティの教科書』(総合法令出版)、『50歳からの逆転キャリア戦略』(PHP研究所)、『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)、『50歳からの人生が変わる 痛快!「学び」戦略』(PHP研究所)など約40冊。最新刊は『「働きがい改革」に本気の上司がチームを覚醒させる: 上司も部下も幸せになるマネジメントの極意』(合同フォレスト、2025年8月)。

30年以上一貫して働く現場から求められる上司、経営のあり方を探求しており、人的資本経営、ダイバーシティマネジメント、リーダーシップ、キャリア支援に詳しい。

※「上司力」は株式会社FeelWorksの登録商標です。


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