来るべき企業再編に備えよ――「M&Aにおけるプライシングの実務」:経営のヒントになる1冊
日本企業による海外企業のM&A総額は2008年1〜10月の累計で過去最高の約6兆6700億円に達するなど、業界問わず企業の買収、統合が活発だ。裏を返せば多くの企業がM&Aの対象になり得る可能性も高まっている。
本書は、M&Aを行う会社の経営者や担当者にとって必読の書である。M&Aに関する本は多いが、プライシングにフォーカスしたものは本書が初めてである。本書では、会社の買収を成功させるためには、まず「会社の価値」を正確に把握し、その価値を下回る「価格」で会社を買収すべきである、というシンプルな原則に従って議論を展開している。
本書によると、会社の価値には3つの種類があるという。売り手の言い値である「セラーズバリュー」、実力値である「スタンドアローンバリュー」、買い手側のシナジー効果を含む「バイヤーズバリュー」の3種類であり、会社の買収を成功させるためには、買い手はバイヤーズバリュー以下の金額で会社を購入することが重要であると解説する。
バイヤーズバリューを算定する際に最も重要な「シナジー効果の定量化」についても、実務上の観点から具体的な定量化の方法を示している。M&Aを成功させるためには、M&Aが成立した後にシナジー効果を絵に描いた餅にせず、シナジー効果を実際に実現していくことが不可欠である旨が強調されている。
本書では、相対取引で行われる非上場会社の買収とTOB(株式公開買い付け)で行われる上場会社の買収に分類してプライシングの解説を進めているが、特にディスカウントTOBの分析が面白い。
上場企業を買収するためのTOBにおいては、通常は現行の株価にプレミアムを付け足した価格でTOB価格が設定される。しかし2007年には、現行の株価を下回る価格を設定する、いわゆるディスカウントTOBが全体の16%を占めるという。この原因についても鋭く分析している。
本書は理論的な切れ味を持つとともに、実例が豊富に紹介されており、M&A取引が当事者間でどのように展開されていくのかについて、臨場感をもって実感することができる。また、基本的な用語や概念を解説した上で議論が進められるため、M&A用語になじみが薄い読者でも最後まで読み通すことができる。M&Aのプロ以外の事業会社の経営者、担当者、学生にも、ご一読をお勧めしたい。
M&Aはある日突然、上層部から話が降ってくる。担当者にとっては、話がきてからM&Aについて勉強を始めるのでは遅過ぎる。M&Aを経営のツールとして活用する可能性がある企業の方々にとっては、日頃から知識の習得に励むべき時代が到来したといえよう。
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