“引くも地獄、引かぬも地獄”――保護主義が強まる西欧諸国:フランスに行ってみますか?(2/2 ページ)
「バイアメリカ条項」を掲げた米国に対し、保護主義だと批判する声は多い。実は保護主義への傾斜は西欧諸国でも見られる。西欧が東欧を助けながら経済発展を遂げてきたEUが今、危機的状況に立たされている。そのとき、サルコジは……?
サルコジの真意が分からぬ
ここ最近のサルコジの評判は良いとは言えない。経済対策を「失敗」と断じる論調も見られる。もともとサルコジは「もっと働き、もっと稼ごう(travailler plus pour gagner plus)」をモットーに、ディリジスム(Dirigisme=政府主導型経済主義)というフランスの歴代政権の伝統的な経済政策の姿勢とは一線を画して、英米的な自由競争の必要性を主張し続けてきた。しかしこの経済危機の発生以来、「自由主義は完全ではない」などと発言し、かつての「親米的な」大統領の姿は鳴りを潜めてしまった。
もちろん経済危機の前で自説に固執している方が問題なのであって、柔軟に対応しているのだと評価するべきではあろうが、他国同様に政府の対応策がうまくいっているわけではない。上述の自動車産業の保護策には、一時減少していた失業率がこの危機によって上昇に転じたことで、大規模ストや支持率低下が見られたことへの場当たり的な対応という見方もある。
チェコを狙い撃ちにした発言については、フランスが昨年EU議長国として提唱したユーロ圏首脳会議の定例開催案が、今年前半の議長国であるチェコによって半ばつぶされたことへの腹いせという、子どもの喧嘩(けんか)のようにとらえる説もある。かくして「自説を捨てた」サルコジがどのような長期的ビジョンを描いているのかがよく分からないまま、その支離滅裂さがクローズアップされてしまっている。
西欧と東欧の対立がEUの危機を招く
実はフランスをはじめとする西欧諸国の保護主義への傾斜は、EUを危機に陥れる危険性を孕む。これまでのEUは、東欧諸国を取り込みながらその経済圏を拡大させ、それを力にして経済を成長させてきた。しかし、この危機の中で西欧諸国による東欧諸国への債権が焦げ付き始め、EU経済の不安定要因となっている。本来は西欧諸国が東欧諸国を助けなければならないが、西欧諸国にはそうした余裕がない。自国を守ろうとする西欧諸国と支援を必要とする東欧諸国の間に徐々に亀裂が走り始めている。
もし西欧諸国がそれぞれの世論の圧力を受けつつ自国を守るために今後一層保護主義を強めて東欧諸国を見捨てるようなことになれば、EUは危機的状況に陥る。引くも地獄、引かぬも地獄――ならばどのようにして生じるダメージを軽減しつつ、この危機を乗り切っていくのか。自由経済を掲げて統合を進めてきたEUの真価が、今まさに問われているのだ。
自由主義も保護主義も、行き過ぎれば結果的に何らかの問題が生じる。そのことをどこまでサルコジが理解しているのか。見かけ倒しの変節漢なのか、それとも危機に立ち向かう英雄なのか、大国フランスの指導者としての真価もまた問われている。
プロフィール
中嶋洋平(なかしま ようへい)
フランス国立社会科学高等研究院(EHESS) 政治研究系博士課程在学。
1980年大阪府生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程を首席修了。同研究科博士課程単位取得退学。現在、フランス国立社会科学高等研究院政治研究系博士課程に所属。専門は欧州統合思想の歴史的展開(特に19世紀)。主な論文に「来るべき『欧州連邦』―その歴史性と現在―」(Keio SFC Journal Vol.7 No.1)など。
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