日本のIT人材不足、「量」より「質」に課題あり
企業競争力を高めるためにIT基盤の強化は不可欠だ。ところが日本企業では、昨今ITに携わる人材の不足が叫ばれており喫緊の課題となっている。企業の現状を聞いた。
人材不足が問題視される日本のIT業界。中でも若者の理工学離れや、仕事がきついなどというIT業界に対するマイナスイメージが大きく影響しているという。総務省の報告によると、国内で約150万人のICT人材が必要なのに対し、現状では約50万人も不足しているのだ(2005年度調査)。こうした中、実際に企業はどのような課題を抱えているのだろうか。
人材の「量」よりも「質」が問題に
IBM ビジネスコンサルティングサービス(IBCS)でヒューマンキャピタルマネジメント分野のコンサルタントを担当する関伸恭氏によると、日本のITベンダーやIT部門が抱える人材不足は、ここ数年では量的な問題より質的な問題が深刻化しているという。特にITアーキテクトと呼ばれるような、システム開発の上流工程においてビジネスに貢献する形でシステムを組み立て、企画していく人材が不足している。その原因として関氏は最適なリソース配置ができていないと指摘する。
「IT部門の役割は非常に幅広いため、アウトソーシングするのか、ITベンダーと協力するのか、あるいは自社ですべてをカバーするのかなど、業務全体を俯瞰した上でビジネス戦略として人材配置を考えなければならない」(関氏)
こうした課題を抱える企業に対しIBCSでは、それぞれの企業戦略に合った人材戦略を考え、それを実践するサポート体制を構築している。具体的には、経済産業省が定めるIT人材に求められるスキルやキャリアの指標「ITスキル標準(ITSS)」をベースに、企業ごとに必要な人材像を可視化し適切な戦略を提案する。さらに、スキルを身に付けるためには「学習と経験がセットであるべき」だと関氏は強調する。しばしば見られる座学型の研修ではなく、人材を育てるためには「ワークプレイスラーニング」と呼ばれる、実際に働く場での学習が重要だという。
「経済状況の悪化に伴い、各企業ともシステム投資を抑制したり、先延ばししたりする傾向が見られIT部門は厳しい状況にある。しかし企業の将来を考えれば、若手社員を中心に多くのIT人材を育てていかなくてはならない」(関氏)
産学連携で優れたIT人材を育てよ
IT人材育成に向けては、企業のみならず産官学が連携して取り組んでいくことが重要である。IBMは世界各国で大学との連携を強めることで高等教育に貢献し、学界と産業界の双方に価値をもたらすことを目指す「ユニバーシティー・リレーションズプログラム」を通じて、産官学の有識者が集まり活発な議論を広げる「IT人材育成フォーラム」の開催や、学生のITスキル向上のためのゲーム開発などの活動に注力している。
その一環として日本IBMが早稲田大学・村岡洋一研究室と共同で行ったのが、主に理工学系の学生を対象にしたデータベースに関する教材の開発だ。IBMはグローバルで教育機関向けの教材を200個近く開発しており、教員や学生は専用サイトからダウンロードして利用できる。これまで日本IBMは、それらをそのまま日本語に翻訳して提供していたが、今回は早稲田大学のニーズを取り入れながら教材をローカライズした。今年3月に完成し、10月から授業で使用する。
開発プロジェクトの責任者を務めたソフトウェア事業 ISV&デベロッパー事業推進部長の古長由里子氏は「高度IT人材を育てるためには産学連携での取り組みが不可欠だと感じていた。そんな折に村岡教授から理論だけでなく実践を踏まえた学習によって企業が求める人材を育てたいというお話をいただいた」と話す。開発した教材については、早稲田大学に限定せず、ほかの教育機関でも活用できるように進めている。
こうした取り組みをきっかけに、企業の社員と大学の教員、学生とのコミュニケーションが活発になり、3KなどとやゆされるIT業界のイメージを一新できればという。
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