グローバル人材育成の現場より――求められる新たなカリスマ人材:潮目を読む(3/3 ページ)
現在のフラット化する世界において求められる人材像とは何か。国際競争力に勝つために企業はいかなる社員を育てていけば良いのだろうか。
新しいカリスマ人材は千尋の谷から育つ
では、そのようなグローバルで活躍できるカリスマ人材の育成はどのように考えればよいでしょうか。人材育成とは正解があるわけでもなく、成果が見えるのにも時間がかかる課題ですので非常に難しいのですが、わたしは3つの施策が必要になると考えています。
1つ目は、過去のやり方や成功をも否定できるようなスモールチームを作り、相応しい人材を社内から抜擢して集めることです。2つ目は、それらの人材の能力やアイデアをブレイクスルーさせるために多様な交流の機会を与えることです。3つ目は、新しいアイデアをシミュレーションできる手法や環境を整えることです。それぞれの留意点を述べます。
スモールチームについて、ありがちなのは優秀な人材を集めて新規事業企画室や改革タスクフォースを設置するものの、経営層のレビューが厳しかったり、社内ポリティクスに翻弄されて先進的な考え方や人材が丸くなってしまうことです。そうならないためには、方針決定などはチームに任せて自由度を持たせつつも、後見人となるエグゼクティブをつけてビジネスのアドバイスやリソース配分などを会社としてバックアップする必要があります。歴史を見れば、上杉鷹山も同様のことを行いました。未曾有といっていいほど藩財政が極端に窮乏している上杉家を養子として継ぎ、藩政改革を成功させた鷹山は、新施策に反対する老臣が多い中、改革派のブレーンを集めて藩政改革を成し遂げたのです。
多様な交流の機会については、社内に限定されずに同業他社や従来まったく競争や協力関係のない異業種間交流を行う環境が有効です。例えば車作りの雄であるトヨタ自動車が新しいビジネスモデルを考える際にはGoogleから学ぶべきことや提携領域があるかもしれないですし、あるいはGoogleが自動車メーカーになっている日が来るかもしれません。
新たなビジネスモデル構築に必要となるパートナー作りは、いざというときに突然見つかるものではなく、日ごろから模索し続け、ビジネスパートナー候補から信頼されるプロフェッショナリズムを持った人材が必要です。そのためにも多様な交流を経験させ、その中からアイデアを見つけ出し、信頼関係を構築できる能力を体得させるべきでしょう。
最後のシミュレーションの場について、これはアイデアをさまざまな立場の人たちの目で検証し、実現可能性を高めていくことです。IBMでは「Jam」という仕組みがあります。Jamセッションとはジャズの世界の用語ですが、複数のミュージシャンがあらかじめ決められた演奏をするのではなく、即興で演奏し、革新的で新しい楽曲を生み出します。われわれのJamはネットワーク上で行われ、世界各国から数万人の社員やその家族、経営者、ビジネスパートナー、有識者が参加してディスカッションを繰り広げます。このような自らのアイデアを人の目に触れさせさらに高めていける環境によって、自身のアイデアを検証し、進化させ、実現性を高めていく能力が培われていくのです。
獅子はわが子を千尋の谷に落とすということわざがありますが、カリスマ人材の育成は座学の研修カリキュラムではなく、リアルフィールドで切磋琢磨する過程でこそ実現すると考えます。新しいカリスマ人材育成についての詳細は、幣著「カリスマが消えた夏」(日経BP社)を参照いただければと思います。
グローバルで活躍できるカリスマ人材の要件と育成について述べてきましたが、同様に重要なのは、企業の今を支える人材です。多くの企業が不況からの脱出を目指していますが、企業運営に必要な卓越した実務者がいなければ、グローバルレベルでのビジョンが描けたところでも実現できる体力が残っていないという結果に陥ります。目の前の危機を乗り切る人材と未来を創造する人材、この2種類の人材を見極め、抜擢、育成することが経営者に求められていることでしょう。
次回は、経済危機というトンネルを抜けた後の世界をどう創造していくべきかについて考えていきます。
著者プロフィール
椎木茂(しいのき しげる)
日本アイ・ビー・エム(日本IBM)株式会社 専務執行役員GBS事業 セクター統括担当 兼 アイ・ビー・エム ビジネスコンサルティング サービス(IBCS)株式会社 社長
1950年鹿児島生まれ。1972年に東京理科大学理学部卒業。株式会社ドッドウェル、プライスウォーターハウスコンサルタント株式会社を経て、2004年にIBCSから日本IBMに出向し、サービス事業、プロジェクト・オフィス担当。2005年1月にストラテジー&コンピテンシー、ビジネスバリュー推進担当。2006年4月、執行役員 ドリーム事業担当。2006年7月、執行役員 ドリーム事業担当 兼 IBCS代表取締役社長。2007年1月、執行役員 ビジネス・バリュー推進担当 兼 IBCS代表取締役社長。2009年7月より現職。
ビジネスプロセス革新協議会(BPIA)の常務理事も務める。
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