顧客第一なんて、企業が本当に考えられるのか:生き残れない経営(2/2 ページ)
営利を目的とする企業が、果たしてすべてに優先して「顧客第一」を考えられるのか。本音の議論をしてみたい。
経営トップをはじめ誰もが「顧客第一」「顧客のため」と口にするのは、世の批判にさらされ、世間から企業の社会的責任を問われた時である。熱さが喉元を過ぎれば、いつものように業績追及に戻ってしまう。だからこそ、ここで「本音」の思考を提案することになる。
日ごろの品質保証管理体制の確立、特に品質の重要さを企業文化として根付かせることは最も基本的なことであり、企業にとって必須であることは論を待たない。
しかし重大事故が発生したとき、「顧客第一」や「社会的責任」を考える必要は全くない。ひたすら「企業業績に対する打撃を最小限にする」という損得だけを考えればいい。
ただその時、小手先で考えて行動することは禁物である。小手先で逃げ切っても、内部告発もあることだし、世の中をだまし通せるわけがない。三菱自動車工業が良い例である。度重なるリコール隠しという目先の収拾策に溺れたため、一時は倒産の危機に立たされた。
しかし、充分先を読んで「いかに企業業績への打撃を最小限に留められるか」という損得は、経営者、あるいは最高品質責任者1人で考えられるものではない。思慮深く、洞察力に優れた、専任スタッフか特別プロジェクトチームが議論に議論を重ね、例えば事故を隠し通せるものか、どの程度公表するのが得か、どの時点でどの程度のリコールが費用を最小限に抑えられるか、ブランドイメージも考慮したときの損得はどうか、マスコミの取り上げ方とその影響は、お役所の対応は、などなどをシミュレーションし、どんな方法が業績面の打撃を最小限に留めることができるかを検討すべきである。企業内部で、「顧客第一」など考える必要はない。ただ、ひたすら「損得」という本音の視点で考えればいい。
ちなみに、「顧客第一」とか「顧客のため」などは、平時にはトップの年頭挨拶に出てくるくらいで、実務的に年中発想し続けるわけでもなく、プロダクトアウトに行き詰ってマーケットインを考えるときくらいの発想である。
この主張はあたかも、ドラッカーの「顧客貢献が企業の使命であって、利益はそのための手段である」という論理に矛盾するようだが、実は利益を生み出さないと顧客や社会に貢献できないのである。顧客貢献を志向することによって結果的に受注と利益の拡大につながるということから考えると、ドラッカー理論を本音に置き換えただけということになる。
しかし、もっと言い切ってしまえば、ブランド価値なども含めた企業の損得を総合的に考慮したとき、社内検討など面倒な手順を踏まずに、思い切って最初からすべてをゲロするのが、もろもろの打撃を最小限にする最短で最適の方法かもしれない。そうすると、気がつけば結果的に「顧客のため」、あるいは「顧客第一」という対策にたどり着くはずである。
米J&J社の有名な例が、それを示唆している。1982年、同社製品解熱鎮痛剤「タイレノール」に、何者かによって毒物を混入された。死者が出るや、J&Jは直ちに対象製品を市場から回収した。そして、一気に異物混入のしにくい包装を導入した。損失覚悟だった。一時は売り上げが激減したが、やがて信用と業績が回復したのである。
著者プロフィール
増岡直二郎(ますおか なおじろう)
日立製作所、八木アンテナ、八木システムエンジニアリングを経て現在、「nao IT研究所」代表。その間経営、事業企画、製造、情報システム、営業統括、保守などの部門を経験し、IT導入にも直接かかわってきた。執筆・講演・大学非常勤講師・企業指導などで活躍中。著書に「IT導入は企業を危うくする」(洋泉社)、「迫りくる受難時代を勝ち抜くSEの条件」(洋泉社)。
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