スポーツ活動と熱中症:小松裕の「スポーツドクター奮闘記」
節電対策によって例年以上に暑さを感じる今夏。恐れていたように、熱中症で病院に搬送される人が続出しています。熱中症を防ぐためにも正しい知識を身に付ける必要があります。油断は大敵です。
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今年も暑い毎日が続きます。熱中症で救急搬送された人の数は、昨年の同時期に比べ3倍以上なのだとか。原子力発電所事故による節電の影響もありメディアでも毎日のように熱中症の話題が取り上げられています。
そもそも私が、熱中症にかかわることになったのは、今から20年も前のことです。日本体育協会のプロジェクト研究事業として、1991年に「熱中症事故防止に関する研究」がスタートしました。班長は現在私の上司である川原貴先生、班員は森本武利、朝山正己、中井誠一、白木啓三、伊藤静夫といった熱中症や体温調節の専門家の先生たち。なぜその中に私も班員として加わらせていただいたのかいまだによく分かりませんが、おかげで熱中症に関して深く勉強させていただくことになりました。
当時は、熱中症という言葉自体はまだ馴染みのない時代でした。炎天下でおきる「日射病」という言葉は通じても、「熱中症って何? 何かに熱中しすぎること?」なんて真顔で聞かれたこともありました。
研究班では、「暑熱環境下でのスポーツ活動実施に当たり、適切な環境基準、目安を策定すること」を目的に、スポーツ活動中の熱中症や気象条件の実態調査、文献研究、基礎研究などを行いました。
「無知と無理」で悲劇が起きる
熱中症の調査を行っていくうちに、中学生、高校生のスポーツ活動中の悲惨な熱中症死亡事故の実態が明らかになってきました。普通の子どもたちが、元気に「行ってきます!」と家を出て、翌日は変わり果てた姿で家に戻ってくるのです。突然の悲しみに襲われた親御さんたちの生の声も聴きました。
実態を調査すればするほど、多くの熱中症死亡事故が「無知と無理」によって起きていて、適切な予防措置さえ講じていれば防げたものであることが明らかになってきました。スポーツの世界に正しい熱中症予防の知識を早く普及させなければいけない、と班員の皆が感じました。
1994年には熱中症予防の原則を「熱中症予防8か条」としてまとめ、具体的なガイドラインとして「熱中症予防のための運動指針」を発表しました。それらに解説を付けた形でガイドブックにしてまとめ、熱中症予防の啓発活動を継続して行ってきました。このガイドブックは、日本体育協会のホームページでダウンロードできます。
私自身も熱中症に……
熱中症に関して大事な点は、「健康な人が、いつでも、誰でも起きる可能性があり、状況によっては死亡することもある」ということです。まさか私が熱中症になるわけがない、と思っている人でも熱中症になるのです。
何を隠そうこの私も、熱中症になったことがあります。ちょうど10年前の7月でした。私は女子ソフトボールのチームドクターとしてハワイで行われた国際大会に帯同しました。とても暑い環境での練習や試合でしたから、選手たちが熱中症になって体調を崩すことがないように気を配りました。練習場の気温や湿度、それから熱中症予防のために一番参考になる湿球黒球温度(WBGT)もこまめに測りました。
大会が始まり、初戦の前、ホテルを出た私たちは、試合前の練習会場となっているグラウンドで練習してから試合会場に向かうことになったのですが、その練習会場には水分が用意されていないことを事前に調査して知っていました。ですから、ホテルを出る前に、選手たちには「必ず各自でペットボトル2本以上持って行くように」と話をしていました。
そう言っておきながら、私が水を持って行くのを忘れてしまったのです。練習場で選手と一緒に体を動かしながら、貴重な水を選手からもらうわけにはいかないので、のどの渇きを我慢していました。しかし、あっという間にめまい、吐き気が襲ってきたのです。具合の悪いのを隠しながらバスに乗り込み、試合会場に到着。これは間違いなく熱中症の症状だと思い、試合会場についた途端、スポーツドリンクを確保し、皆に見つからないように日陰で横になりました。
そしたら見事に宇津木妙子監督に発見され、「コマッチャン、何やってるの?」と笑いながら怒られました。幸い大事には至らず、すぐに良くなったのですが、ちょっと油断すると誰でも熱中症になる、しかもあっという間に症状が進行するということを、身を持って体験しました。
日本体育協会の「スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック」は1994年の初版以来、改正を重ね、発行部数は130万部を超えました。近年、地球温暖化、都市化によるヒートアイランド現象なども加わり、熱中症自体が大きな社会問題としてクローズアップされています。昨年は1年間に1700人以上の方が熱中症でお亡くなりになっています。このような中、スポーツ活動中の学校管理下における熱中症死亡事故はむしろ減少傾向にあり、これは我々の地道な活動が成果を上げているのだと思います。
これからも、スポーツ活動中だけでなく、すべての熱中症事故がなくなるように、さらに熱中症予防のための活動を続けていきたいと思います。
著者プロフィール
小松裕(こまつ ゆたか)
国立スポーツ科学センター医学研究部 副主任研究員、医学博士
1961年長野県生まれ。1986年に信州大学医学部卒業後、日本赤十字社医療センター内科研修医、東京大学第二内科医員、東京大学消化器内科 文部科学教官助手などを経て、2005年から現職。専門分野はスポーツ医学、アンチ・ドーピング、スポーツ行政。
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