栄養も笑顔も大事だね!:小松裕の「スポーツドクター奮闘記」
10月にロッテルダムで開催された体操の世界選手権では、男子、女子ともに日本人選手の活躍が目立ちました。その原動力となったのは、「栄養」と「笑顔」です。
小松裕の「スポーツドクター奮闘記」、バックナンバー一覧へ。
秋も深まり、朝晩は肌寒くなってきましたが、読者の皆さんはいかがお過ごしでしょうか。わたしは変わらず世界中を飛び回っており、9月にはロシア・モスクワで開かれたレスリング世界選手権、10月にはオランダ・ロッテルダムで行われた体操の世界選手権に、チームドクターとして海外帯同しました。
体操の世界選手権では、男子が団体で惜しくも銀メダルとなりましたが、内村航平選手が個人総合で見事金メダルを獲得し2連覇を達成しました。種目別でも床と平行棒でメダル受賞となりました。
女子も大健闘し、団体で5位と、着実に競技強化の成果が表れてきています。この調子でロンドンオリンピックでも“体操ニッポン”は大活躍してくれそうです。
栄養士の手厚いサポート体制
今回の世界選手権では、ロンドンオリンピックへ向けた新たな強化事業「マルチ・サポート事業」として、わたしが所属する国立スポーツ科学センターの仲間も活躍しました。マルチ・サポート事業は、選手たちをさまざまな側面からサポートするというもので、今回、体操では初めて栄養面でのサポート役として2人の管理栄養士が同行しました。
直前の現地合宿から大会が終わるまで約3週間、選手たちが体調万全で試合に臨むためには食事がとても大事です。栄養士は大会の試合スケジュールだけでなく、選手たちの好みなども調べ、きちんと選手たちが栄養を取れるようさまざまな工夫をしていました。偏食で有名だった内村選手も、「こんなに何でも食べてるぞ!」というほどモリモリパクパク食べていました。さすが栄養のプロです。いつもなら、長期遠征だと何人か体調不良者が出るけれど、今回はほとんどいませんでした。やっぱり栄養は大事だね。
日本女子選手として初の快挙
話は戻りますが、今大会では田中理恵選手が「ロンジン・エレガンス賞」を受賞しました。エレガンス賞というのは、大会で演技の芸術性を評価されるもので、文字通りエレガンスな演技をした選手に贈られます。日本の女子選手としては初めて、日本人としても2006年の冨田洋之選手以来の受賞でした。
個人総合の最後の種目が終わり、平均台の近くに集まって日本の選手たちで健闘をたたえ合っていたら、係員がわたしに近づいてきて、「おまえは英語が分かるか」と言いました。ドーピング検査にだれか呼ばれるのかなと思ったら、「田中理恵選手がエレガンス賞に選出された。これから表彰をするからついて来て」とのこと。
本人に話をするとびっくり。確かに彼女はミスなく力を出し切っただけでなく、生き生きと楽しそうに演技していました。選考にも加わったロンジン社の社長は、わたしにウインクしながら、「彼女の笑顔の演技は最高だ。全員一致で決まった」と話していました。やっぱり笑顔は大事だね。
そういえば、4年前にデンマークのオーフスで行われた世界選手権にて、試合前日のミーティングで具志堅幸司監督は「思い切り演技しろ。成功しても失敗しても笑顔を絶やすな」と選手たちに言いました。
あのときは「審判への心証を良くするために笑顔で」という意味かなと思ったけれど、そうではないのですね。もちろん日々の練習は辛いことがたくさんあるけれど、大観衆を前にした演技を楽しんで、精一杯、自分の持っている力をすべて出し切りなさい、そうすれば自然に笑顔になるよという意味だったことがよく分かりました。
来年の世界選手権は、ロンドンオリンピックの予選も兼ねて東京で開催されます。皆さん、ぜひ笑顔の選手たちを応援しに来てくださいね。
世界を駆け回るドクター小松の連載「スポーツドクター奮闘記」、バックナンバーはこちら。
著者プロフィール
小松裕(こまつ ゆたか)
国立スポーツ科学センター医学研究部 副主任研究員、医学博士
1961年長野県生まれ。1986年に信州大学医学部卒業後、日本赤十字社医療センター内科研修医、東京大学第二内科医員、東京大学消化器内科 文部科学教官助手などを経て、2005年から現職。専門分野はスポーツ医学、アンチ・ドーピング、スポーツ行政。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- 小松裕の「スポーツドクター奮闘記」:学ぶべきことの多かった初開催のユースオリンピック
若年層を対象にした史上初の「ユースオリンピック」が開催されました。この大会では通常のオリンピックにはない、素敵なプログラムも用意されました。 - 小松裕の「スポーツドクター奮闘記」:日本のスポーツ強化に向けてやるべきこと
オリンピック前後に限らず、従来から日本のスポーツ強化に対する議論は盛んです。しばしば「もっとスポーツ選手や施設に国家予算を投入すべきだ」という意見を耳にします。これは確かに重要ですが、ことはそう単純ではありません。 - 小松裕の「スポーツドクター奮闘記」:これは戦争ではない、スポーツだ!
10年前のNATO軍の空爆による傷跡が今も残るベオグラードの街。そこで出会った現地セルビア人の青年から大切なことを学びました。 - エグゼクティブ会員の横顔:「スポーツドクターの育成が課題」――国立スポーツ科学センター・小松氏
オリンピックやWBCなどさまざまなスポーツ競技にチーム医師として帯同し、世界中を駆け回るスポーツドクターに、トップ選手とのコミュニケーションや後進の人材育成などを聞いた。