仕事を創りに帰りたい離島、海士町の挑戦:日本の元気ダマ(2/2 ページ)
存続の危機に陥っていた町を、都会から移住してきた300人のIターン者、島民、町の職員たちが三位一体となって盛りたてた。
海士町の若者たちのIターンは、単なる「田舎暮らしがしたい」というIターンとは違います。彼らは自分がやりたいことを実現するために、目的を持ってやってくるのです。
その一例を紹介しましょう。「巡りの環」は、トヨタを退職してIターンした阿部裕志さんが海士町で起こした、地域づくりイベント、教育、メディア事業を手掛ける会社です。
「大企業でなくても、都会でなくても、地域に貢献できる仕事をしながら地域の方々とともに生活を楽しみ、安全安心なおいしいものを食べながらきちんと稼いで、家族と幸せに暮らす」そんな人たちが増えれば、疲れきった現代社会も、もっと暮らしやすいものになるのではないでしょうか〜巡りの環 阿部裕志代表あいさつより
阿部さんに「なぜ、Iターンしたの?」と率直に尋ねたところ、次のような答えが返ってきました。
「『海士に僕たちの明るい未来があると直感的に感じたから』というのが1番大きな理由です。もともと今の社会に対して、人と人、人と自然のかかわりを見直さなければならないと疑問を抱いていました。その矢先に、遠いからこそ古き良き日本が残っていて、新しい社会を切り拓いていく努力をしている海士と出会い、ここだ! と思ったんでしょうね。トヨタ自動車で生産技術の仕事をしながら『行き過ぎた資本主義』の限界を感じていた中で、みんながハッピーになる新しい仕事のあり方・生き方を海士で実践して、世に問題提起をしたかったのです」(阿部さん)
筆者は現在、阿部さんとのコラボで海士町ならではの「人の感性を高める」ことを目的とした教育プログラムの作成を行っています。「いくら質が高くても、自分がやりたい内容でないと、海士町でやる意味がない。都市と地域をはじめとした『つなげる』ことに拘りたい」と代表はいつも話します。つまり彼は、単にのんびり暮らしたいとか、稼ぎたいとかいったことではなく、目的意識を持ってIターンしているのです。
守りではなく攻めの姿勢で、魅力ある学校をつくる
取り組みは産業の創出ばかりではありません。教育が充実していないと若者が海士町を出て行ってしまいます。またIターン者も、子どもの教育には高い関心があります。しかし海士町には高校が1つしかなく、それも過疎化による生徒数の減少により廃校になるかもしれませんでした。
教育改革を進めてきたのは、ソニーで人材育成を担当していた岩本悠さんです。岩本さんは、海士町の教育委員会が実施していたAMAワゴン(中学校の出前授業)の第1回講師に招かれたことを契機に町にIターンしました。
講義の後、島で唯一の島根県立隠岐島前高校が生徒減少によって統廃合の危機にあることを相談されました。「島に高校がなくなると子どもや家族らが流出する。これは島の存続にかかわる問題だ」。そして、意見交換をするうちに、ぜひ一緒にやってほしいと請われます。
大学生時代に1年休学して世界20カ所を訪問した経験を持つ岩本さんは、漠然と、将来は発展途上国で教育をするかもしれないと思っていました。だからこそ島民全員が切望する高校プロジェクトにやりがいを感じたのです。決して、大企業での職を投げうってといった意識は無かったそうです。そして翌年ソニーを辞めて島に移住し、高校魅力化プロデューサーに就任、「島前高校魅力化プロジェクト」を発足して、本土に負けない教育体制を整え、進学率向上に取り組んだのです。
島前高校魅力化プロジェクトでは、守りの「存続」ではなく「魅力化」をキーワードとし、生徒が「行きたい」、保護者が「行かせたい」、地域も「必要だ」と思える「魅力ある学校づくり」を目指しました。その結果、学力が上がり、有名大学への合格者数が増えました。
また岩本さんたちは、高校生たちが自分の未来、将来の夢について考え、それをみんなの前でプレゼンテーションする企画「夢ゼミ」など、心の教育にも力を入れています。
海士町の人口約2400人のうち、4割は65歳以上の高齢者です。しかし岩本さんのようなIターン者は、ほとんどが40歳以下、しかも定着率は80%に達しています。海士町の町職員、町民、Iターン者が三位一体となって、島全体の活性化に取り組んでいるのです。
離島の姿や悩みは、日本の将来の姿です。今後少子高齢化が進む日本にとって、海士町の挑戦と、多くの成功と失敗は、大きなヒントを与えてくれるのではないでしょうか。地域全体で持続可能な生業・事業・産業を創り出せる人材(地域起業家的人材)を育て、「仕事がないから帰れない」のではなく、「仕事を創りに帰りたい」という意識を醸成してきた海士町を、筆者は今後も注目しています。
海士町の元気のポイント!
- 他責厳禁 「景気、市場、立地が悪い」と言っても、状況は好転しない
- 産業創出 需要創造型でマーケットを創り出す
- トップの本気度 隗より始めよの精神が、周りの心に火を付ける!
- 魅力作り 若者のIターンを増やすには、真の動機付けが必要。外的報酬(金銭や昇格)ではなく、内的報酬(達成感や成長感)を重視せよ
著者プロフィール:藤井正隆(ふじい まさたか) 1962年生まれ
(株)イマージョン 代表取締役 MBA(経営学修士)、法政大学院 坂本光司研究室 特任研究員。
徹底的現場主義で年間100社以上の企業視察を踏まえた実践的な教育研修とコンサルティングを実施。農業にも問題意識を持ち、日本の農家(株)も立ち上げ精力的活動中。
専門分野:組織開発コンサルティング、マーケティング戦略と実行組織の最適化。
著書:「感動する会社は、なぜ、すべてがうまく回っているのか?(マガジンハウス)」他、ビジネス雑誌に執筆多数。
ITmediaオルタナティブ・ブログ中小企業と地域のブランディングで日本を元気に!
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.