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大賀氏のグローバリゼーション完成、映画事業の買収グローバルへの道 SONY成長の軌跡(2/2 ページ)

現地で、トップクラスの優秀な人を採用するには。一流の米国人が安心して、誇りを持って入社する会社とは。これを実現するためにソニーが取った手段とは。

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なぜ映画会社を買収したのか

 ソニーが買収したコロンビア映画の前のオーナーはコカコーラ社でした。いまやソニーはメジャースタジオのオーナーとして、純粋なアメリカ社会の仲間になりました。パーテイに招かれるだけではありません。一流の米国人が安心して、誇りを持って入社する会社になったのです。

 ソニーがなぜ映画会社を買収したかについては、いろいろな説明がなされています。わたしには、それは盛田氏のグローバリゼーション戦略の一つのステップとしか思われません。日本以外の国に本拠を持つ事業を、日本人が所有し日本から支配する。それが本当の意味の世界制覇であり、グローバリゼーションである。

 敗戦の屈辱はここにそそがれる。アメリカの象徴である女神が芸者の装いで松明を掲げている姿がニューズウイーク誌の表紙になり盛田氏は内心快哉(かいさい)を叫んだのではないでしょうか。もちろん買収担当のわたしは、広報対策がなっとらんと怒られ、外務省に釈明にいかされましたが。

 さて、盛田氏の次のステップは何だったでしょうか。ソニーのグローバリゼーションは完成しました。次は、日本国のグローバリゼーションです。世界に尊敬される国にしよう。そのために、自分は経団連会長となって、その目標を推進しよう。盛田氏は、その就任発表寸前に脳梗塞で倒れました。盛田氏があと10年間健在だったら、その後日本に起こった30年の空白は、よほど形が変わっていたにちがいありません。

 大賀氏によって完成されたソニーのグローバリゼーションは、後継者によって大きく変化します。次章をご期待ください。

著者プロフィール

郡山史郎

株式会社CEAFOM代表取締役社長

1935年鹿児島県生まれ。一橋大学経済学部卒。1959年ソニー入社

スイス、米国に市場開拓マネジャーとして通算12年滞在。米国大企業に転じて、日本代表、北アジア担当、複数の関連会社の社長を歴任。1981年にソニーに復帰し、取締役情報機器事業本部長、常務取締役経営戦略本部長、資材本部長、一般地域統括本部長など歴任。2004年株式会社CEAFOM創業。

国際大学、早稲田大学、一橋大学、九州大学など講義、講師多数。外国人記者クラブ、証券取引監視委員会など講演多数。著書、「ソニーが挑んだ復讐戦」。

ソニー創業者、井深大、盛田昭夫、大賀典雄の直属幹部として永年経営に参加し、社長賞4回の実績あり。現在、多くの企業に対し、経営全般、グローバリゼーション、事業企画などのテーマでアドバイスを行い、また、役員、幹部社員の研修講演なども行っている。


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