今こそ問われる新規事業開発の在り方:視点(3/3 ページ)
製品・サービスの陳腐化が加速度を増す中、新規事業開発の重要性が増している。ありがちな失敗パターンは、在るべき開発プロセス・体制は何かを探る。
4.4 スクリーニング制度設計・運用
数ある新規事業案の中から、どれを選択すべきかを目利きすることは、新規事業開発プロセスにおける最大の難問といえよう。トップ直轄組織であったとしても、トップの鶴の一声で全てが決まる事は望ましくない。事業案創出までは右脳的な柔軟性を持ちながらも、スクリーニング手法では左脳的な論理性に重きを置き、各段階ごとに適宜ロジックに基づいた評価を行った上で、トップの経営判断を仰ぐべきである。
本稿が提唱する新規事業スクリーニング手法は、5段階に分けて、其々評価軸を設定し、段階的に事業評価の精度を上げていくアプローチである。(図3)
第一段階の「概算評価」では、詳細評価に値する事業なのか、クイックに検証する。具体的には、そもそも市場ニーズがあるのか(対象市場の規模感・成長性)、競合他社と戦えるのか(競争優位性・寡占状況)、自社が手掛けるべき事業なのか(自社経営資源の活用度、自社戦略との適合度)等が評価項目となる。真剣にそれぞれを検証しようとすると莫大な時間がかかるので、この段階では精度を求めずに、明らかなKnockoutFactorが存在しないかだけに重きを置いてほしい。それでも、かなりの事業案が振るい落とされるはずだ。
第二段階の「詳細評価」では、第一段階で粗く評価した事項につき、新規事業開発部門自らが、調査・分析を行って再検証していく。特に、評価の妥当性・納得性を向上させるために、市場ニーズ・競合優位性に係わる項目については、出来る限り定量データで検証してほしい。この段階で、感覚的に良さそうだと思っていた事業案が脱落し、より可能性の高い事業案に絞り込まれていく。
第三段階の「事業化検証」では、事業性の検証だけでなく、新規事業案の肉付けも行っていく。具体的には、事業パートナーは最適か(提携候補先のロングリスト抽出・評価)、経営資源の過不足は無いか(必要投資額・体制の試算・評価)、リスク要因は十分に想定し対策が練られているか(リスクアナリシス、感度分析)、最終的にどの程度儲かりそうか(収益モデル設計、収益シミュレーション)といった事業の肝になる部分の評価を行う。難度が高いプロセスになるため、新規事業開発部門に知見が無い項目は、社内外の知見を最大限活用してほしい。なお、この段階からは、発案者を検討メンバーに巻き込んで、「主観と客観」「情熱と冷静」の対立軸をうまくマネージしながら、絵に描いた餅ではない実効性あるプランに仕立てていく。
第三段階をクリアすれば、原則、新規事業案にゴーサインが出ている状態と言えるが、第四段階の「実現性検討」では、社内既存事業との関係性とテストマーケティングの実施計画を中心に評価していく。具体的には、既存事業とのシナジー効果があるか(事業シナジー分析)、事業部門が是非やってみたいと思える事業か(事業部門意向調査)、テストマーケティング計画は現実的か(事業計画評価、事業見極め基準・期間の妥当性評価)が検討項目となる。この段階は、現業部門の協力を仰ぎながら、テストマーケティングの成功確率を高めるためのプロセスと認識して頂きたい。
第五段階は「テストマーケティング」であり、その名の通り、実際に事業を展開し、期待通りの成果が得られそうかを検証する。評価項目は、第四段階で事業見極め基準を設定しているので、原則それを適用すれば良い。ただ、杓子定規に適用すると、もう暫く待てば大輪の花を咲かせるはずの事業の種まで摘み取ってしまうリスクがあるので、経営トップの判断の下、ある程度は柔軟な運用を求めたい。
一連のプロセスは、段階を経るごとに業務負担が大きくなっていく事に加えて、同時並行的に複数の新規事業を立ち上げることは困難を要する。従い、第三段階までの案件通過率は、発案数が概ね読めた時点で、ある程度の基準を定めておいた方が良い。数百件の発案がある場合、第一段階の概算評価で10%、第二段階の詳細評価で5%弱、第三段階の事業化検証で1-2%程度に絞り込む程度が妥当な水準と考える。
4.5 事業推進体制への移行
テストマーケティングで一定の成功を収めたら、事業の本格展開に向けて体制整備を行っていくことになるが、既存事業部門とのシナジー・取組意向次第で、以下2つの考え方がある。
既存事業に近い新規事業であれば、原則、事業部門に統合させるのが筋である。テストマーケティングが成功したにも係わらず事業部門が反対するのであれば、その理由如何によっては新規事業からの撤退を視野に入れるべきだ。人がいない、社内政治上で嫌悪感がある等の理由であれば解決策があるが、いくらテストマーケティング結果が良くとも、現場が魅力的な事業に感じられないのであれば、結局は隅に追いやられ、事業撤退に終わることが目に見えている。
他方、ユニチャームのペット用品のように既存事業から距離感がある新規事業の場合は、子会社化を検討したい。経営責任・事業採算が明確化になるだけでなく、既存事業とは異なる業界常識の下で事業運営を行うには、企業文化・意思決定スピード等の面で、別法人化した方が好ましい。
5.最後に
最後に、数多くの新規事業開発に携わってきた経験則に基づく所感を述べたい。
日本企業は、新規事業開発は苦手と言われるが、成功に導ける土壌は十分にあると考えている。世界に通用する技術力・サービス品質、エンタテイメント業界などでの独創的なコンテンツ開発力など、潜在力は十分にあるはずだと信じている。経営トップの覚悟を如何に引き出すか、社内の奥底に眠る有望な新規事業の種を如何に発掘するか、不合理な意思決定プロセスを如何に改善するか、これらの課題さえ乗り越えられれば、成功の糸口は見えている。
日本企業の更なる競争力強化・成長力向上に向けて、魅力ある新規事業が次々と創造されていくことを切に願っている。
著者プロフィール
五十嵐 雅之(Masayuki Igarashi)
ローランド・ベルガー プリンシパル
早稲田大学理工学部卒業、慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了(経営学修士)米国系ITコンサルティングファーム、国内系コンサルティング・ファーム、三菱商事株式会社を経て、ローランド・ベルガーに参画。総合商社、産業機械公的機関およびサービス業などを中心に、事業戦略立案、新規事業開発、事業計画・投資評価、マーケティング戦略立案・実行支援、組織構造改革などのプロジェクト経験を豊富に持つ
Copyright (c) Roland Berger. All rights reserved.