組織のあり方すべてを決定づける「利他」の哲学:気鋭の経営者に聞く、組織マネジメントの流儀(2/2 ページ)
人生はジャッジの連続。物事をジャッジするときに、自分目線ではなくて相手目線になって考えられるようになると、人生は豊かになる。
相手目線で物事を捉えられるようになると、人生は豊かになる
中土井:「利他」の意味を強く実感された体験はありますか?
渡邉:以前、中国へ行ったときのことです。ある人と会食をしていて、趣味のことなど、いろいろな話で盛り上がり、翌朝にもお会いすることになりました。私は日本へ帰る予定だったので、出発前の午前8時に会うことにしました。しかし、その人は約束の時間を30分過ぎても現れませんでした。私は時間に遅れるのが大嫌いなので、なんて失礼な人なんだと憤りさえ感じていました。ホテルを出なければならない時間になって、タクシーに乗ったときその人が来ました。
「渡邉さん、すみません」と言って、紙袋を私に渡してきました。中に入っていたのは中国のCDでした。その人は、海外に行くといつも現地でCDを買うのを楽しみにしているという前日の夜の私の話を覚えてくれていて、朝8時でお店も開いていないのに、探し回ってくれていました。その紙袋の中身を見たとき私はショックを受け、同時に感動もしました。哲学で「利他」を掲げているくせに、自分の目線でしか物事を見ていなかったことに気付かされました。
自分目線をイメージでいうと、ゴムボールが体についているような状態です。相手側に、目線であるボールを持っていこうとしても、ゴムが体につながっているから、引いた反動で自分のところへ戻ってしまいます。人生はジャッジの連続です。どうジャッジするかで、その人が幸せになるか不幸になるかが決まります。物事をジャッジするときに、自分目線ではなくて相手目線になって考えられるようになると、人生は豊かになります。同じものを見ても、受け取り方が変わり、行動が変わるからです。
「未来ノート」で、今日を2週間前から準備する
中土井:常に相手目線でいることは、それほど簡単なことではないと思います。渡邉さんが相手目線を続けることができるのはどうしてですか?
渡邉:26年間毎日続けてきた「未来ノート」の役割が大きいと思います。未来ノートでは、毎日、2週間先までの予定について、こと細かに書き、それを毎日繰り返しています。私は、夜の8時か9時には寝て朝2時に起きる生活を続けていて、出社前、毎日数時間かけて未来ノートを書いています。これはもう、自己暗示のようなものです。その日1日を未来ノートで2週間かけて準備していることになりますから。
1日が終わったら、2週間前から想定していたその日の予定と比べてみて、反省点を洗い出します。その日の出来事に対して、相手目線になって自問自答をします。後から振り返って初めて気付くこともたくさんあります。
障がいのある当事者の親の目線に近づきたい
中土井:渡邉さんは、障がいのある方などの就労困難者を受け入れることで、物事をとらえる目線をたくさん持っていると思います。これからは、誰の目線で物事をとらえたいと考えていますか?
渡邉:今は、障がいのある当事者の親御さんの目線に近づきたいと思い、「ご家族と語る会」という集まりを開催しています。これまでに1万人以上の親御さんと話をしてきました。親御さんたちの目線で障がいのある方を見て、安心できるような環境を作っていきたいと考えています。私が親御さんの目線になって初めて、お子さんを私に預けようと思ってくれます。
中土井:「利他」を軸に、障がいのある方の親御さんとも真剣に向き合っているんですね。そのモチベーションはどこから生まれ、どうやって維持しているのですか?
渡邉:私が徹底して「利他」を貫いているのは、ただ、社会の理不尽が嫌だからです。私は中立な立場にいるので、ここまでできるのです。もし、自分の子どもに障がいがあったとしたら、ここまではできなかったと思います。障がいのある子どもがいる親御さんが私のように会社を作ったとしてもうまくいかないでしょう。それは、我が子を会社で働かせるというゴールができてしまうからです。自分の子どもが働くことができたらそれでいいわけで、他人の子どものことまで面倒を見ることはしないと思うのです。
アイエスエフネットグループでは、障がいのある方の自立のために毎日挨拶の練習をするのですが、親御さんの中には、「うちの子には挨拶練習をさせないでくれ。家ではちゃんとやっているのだから。」なんて言う人もいます。しかし、私から見た親御さんのいう「挨拶」は、残念ながら社会人として認められるような「挨拶」ではありません。そういう人には、障がい者の自立について話をしています。
グループ会社の中には、青山に障がいのある方が働くカフェがあるのですが、そこに「ここは、障がい者のレストランです。」と書いてあったらどうですかと聞くんです。そうすると、親御さんは「障がい者が働いているから来てもらいたいんじゃない」と言います。「障がい者だから」という理由で来てもらうのは、真の自立ではありません。ではもし、お母さんが青山のおしゃれなカフェに入って、店員が心のこもった気持ちの良い挨拶をしなかったらどうですかとたずねます。すると「2度と来ない」と言います。お母さんは、自分の子どもには自立してほしいと思っているのに、「挨拶練習をさせないでくれ」と言って厳しいしつけに抵抗し、矛盾した行動をとってしまっているんです。自分の子どものことになると、「利他」の目線を忘れてしまうのだと思います。
障がいがあるないに関わらず、世の中で自立して生きていくには、利他目線でないと成り立たないのです。私がここまで「利他」にこだわるのは、母親の影響が大きいと思います。私のためだったら、母は死ねると思います。それは、究極の利他です。
中土井:「利他」を軸に、全くブレずに、障がい者雇用を行い、その親御さんとも真剣に向き合う。国を超え、就労困難者であるということや、障がいがあるということも超えて、常に相手目線で物事をとらえ、力の限り働く渡邉さんの人生には、他の人にはない高いレベルの豊かさがあると感じました。
対談を終えて
渡邉社長は重度障がい者や生活保護を受けている方などの就労困難者を積極的に雇用しながらも、好業績を生み出し続けているというまさに奇跡の経営を実現しています。
しかも、仕事を創った後で、その人材要件にあった人を採用するのではなく、利他の精神から新たに人を雇い、雇った後でその人に合った仕事を創り出すという従来の発想ではありえないマネジメントを実現されていることにただただ驚くばかりでした。フィロソフィーを礎にしてただひたすら愚直に前進し続けているからこそ、その驚きのマネジメントが可能になっているという事実は、経営の本質、そして人間の本質が一体なんであるのかを私たちに問いかけているように思えてなりません。
プロフィール
中土井 僚
オーセンティックワークス株式会社 代表取締役。
社団法人プレゼンシングインスティテュートコミュニティジャパン理事。書籍「U理論」の翻訳者であり、日本での第一人者でもある。「関係性から未来は生まれる」をテーマに、関係性危機を機会として集団内省を促し、組織の進化と事業転換を支援する事業を行っている。アンダーセンコンサルティング(現:アクセンチュア株式会社)他2社を通じてビジネスプロセスリエンジニアリング、組織変革、人材開発領域におけるコンサルティング事業に携わり2005年に独立。約10年に渡り3000時間以上のパーソナル・ライフ・コーチ、ワークショップリーダーとしての活動を行うとともに、一部上場企業を中心にU理論をベースにしたエグゼクティブ・コーチング、組織変革実績を持つ。
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