「今まで世の中になかったものを」──社員全員が持つ開発魂はどのようにして生まれ、維持されているのか:気鋭の経営者に聞く、組織マネジメントの流儀(2/2 ページ)
社員が協力し合い、ユニークな商品を生み出し続けるには環境作りが重要。斬新なアイデア商品は、部署の垣根を越えた知恵の出し合いから。
社長の役割は、社員の挑戦や独創的な発想をうながす雰囲気作り
中土井:「世の中にないものを作る」というDNAを社内全体に行き渡らせたり、協力し合える組織を作るために、何か特別な制度などはあるのですか?
宮本:社員同士が協力し合う体制は、人事制度で成り立たせているわけではありません。やりがいを持ってもらうこと以上の制度は作ることができないと思います。意識しているのは、やはり環境作りです。
何でもやってみようという雰囲気を作るのが社長の役割だと考えているので、「10個に1個売れればいい」とよく言っています。打率1割ということは、ほとんど失敗するということですよ。でも、当たればそれまでになかった市場を作ることができるので、10個に1個の成功でも成り立ちます。「テプラ」や「ポメラ」の成功事例があるおかげで、失敗も多いけど、もしかしたら売れるかもしれないという期待を全員が持って仕事をしています。だからこそ、夢を描くことができるんです。売れる商品を作りたいという思いは全員共通なので、自然と協力し合うようになります。
電子機器の分野では、モノマネをしていても価格競争に巻き込まれ、結果的に大手に太刀打ちできません。電子文具も同様で、これまでにない新しいものを作らないと、もうかりません。だから、思い切ったアイデアがあり、売れる可能性があれば、積極的に商品化しています。
中土井:社内の雰囲気作りの例を教えてください。
宮本:社長の仕事は、社内の雰囲気作りと役員人事だと考えています。それがきちんとできていれば、社長は基本的にイエスマンでいいんです。それぞれの部門のプロフェッショナルを選んだら、任せておけばいい。役員の方が正しい判断をしてくれるでしょう。役員の体制が整ったら、社長の役割は盛り上げ役です。会社ってこんなに楽しいんだという風に社員に見せる。
具体的な例としては、社長賞があります。毎年社員一人を選んで、賞金100万円とともに、社長賞を授与しています。最近だと「ポメラ」の開発担当者が受賞しました。重要なのは、「彼にできたんだから、俺にもできる」と他の社員が思える雰囲気作りです。「失敗続きだけど、いつかうまくいく」と思える環境を社長が作り出さなければなりません。一握りかもしれないけれど、成功があることを分かってもらうのが必要です。
最初に勇気を出して飛び込む「ファーストペンギン」でありたい
中土井:宮本さんが考える理想の会社の在り方について聞かせてください。
宮本:会社の在り方を表している好きな言葉があります。「ファーストペンギン」です。
ペンギンは群れをなして、氷の上で和気あいあいと暮らしています。でも、お腹がすくと、水の中に入ってエサを取ってこないといけません。海の中には、シャチやオットセイなどペンギンを狙っている動物がたくさんいて、とても危険です。そのため、ペンギンたちは海になかなか飛び込めずに、足踏みをして躊躇してしまいます。そんな中で、一羽が勇気を出して海に飛び込むと、合図を受けたように、みんな一斉に入っていくんです。
様子を見て、安全そうだと確認してから飛び込んだ方がリスクが少ないので、人生うまく渡れる気もします。でも、きっと、最初に飛び込むペンギンは大きなリスクを背負いながらも、おいしい魚を真っ先に食べられるでしょう。
「ファーストペンギン」はキングジムが理想とする企業経営に当てはまります。会社経営は、挑戦しないと面白くありません。まねごとをすれば、安心かもしれませんが、大きな成功はありません。リスクを負うことになっても、誰も足を踏み入れていない場所へ飛び込むファーストペンギンでありたいというのが私の考えです。
中土井:人は誰でも、仲間と協力して新しいものを作ることに幸せを感じる。そんな人間の本質的な部分を「世の中にないものを作る」という理念と、新しいチャレンジをして成功体験を積み重ねてきたキングジムの歴史が下支えすることで、会社のDNAができあがっているのだと感じました。新しい商品を生み出し続けるキングジムの秘密が少し見えた気がします。
対談を終えて
キングジムの強さは独創的な商品作りにありますが、それが理念と一貫しているだけでなく、4代目までそのDNAが続いていることに驚きを感じずにはいられません。
それを可能にしているのは、人事制度でも組織体制でもなく、「10個に1個当たればいい」という社長のスタンスと徹底して任せる姿勢にあるということに興味を引かれます。そのスタンスを貫ける要因のひとつとして、研究開発も量産も比較的費用が掛からない上に、他社と同じものをモノマネで売っても利益がほとんど出ない文房具という業界の特殊性があります。それなくしては「10個に1個」戦略は取れないでしょう。しかし、それだけであれば、他の文房具メーカーもこぞって独創的な商品を次々に創れるはずですが、それを実現している会社が他に多く見られないことを鑑みると、キングジムの理念の強さを感じるとともに、宮本社長のスタンスの影響の大きさを感じずにはいられません。
プロフィール
中土井 僚
オーセンティックワークス株式会社 代表取締役。
社団法人プレゼンシングインスティテュートコミュニティジャパン理事。書籍「U理論」の翻訳者であり、日本での第一人者でもある。「関係性から未来は生まれる」をテーマに、関係性危機を機会として集団内省を促し、組織の進化と事業転換を支援する事業を行っている。アンダーセンコンサルティング(現:アクセンチュア株式会社)他2社を通じてビジネスプロセスリエンジニアリング、組織変革、人材開発領域におけるコンサルティング事業に携わり2005年に独立。約10年に渡り3000時間以上のパーソナル・ライフ・コーチ、ワークショップリーダーとしての活動を行うとともに、一部上場企業を中心にU理論をベースにしたエグゼクティブ・コーチング、組織変革実績を持つ。
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