月額400円で雑誌読み放題のdマガジンは、登録ユーザー363万人。年間売上174億円です。(※2017年3月時点)。雑誌を買わずに立ち読みで済ませるライトユーザーを狙ったため、紙版の雑誌とdマガジン読者の重なりは意外と小さいのです。雑誌から見ると読者数を1.6倍に増やす効果があり、むしろ雑誌広告効果が上がりました。さらに売上は、読まれたページ数に応じて各出版社に分配されます。今やdマガジンは、雑誌出版社にとってなくてはならない媒体となっています。dマガジンは定額サービスを始めることで、「本の立ち読み客」を新たな収入源にしたのです。
昔からある生命保険や損害保険、電力会社、通信会社などもサブスクリプションモデルですが、これらの業界もどこも高収益です。
では、なぜサブスクリプションモデルは高収益なのでしょうか?人間にとって「選択」はストレスのかかる行為です。何かを選ぶ時、他の選択肢を捨てなければなりません。だから人間は無意識のうちに「できれば現状を維持したい」と考えてしまいます。これを行動経済学で「現状維持バイアス」といいます。
お客さんがいったんサブスクリプションモデルを使い始めると、この現状維持バイアスが働いて、なかなか解約しなくなります。
また人はお金を取られるのを本能的に嫌がります。定額で使い放題であれば「お金を払う」というプロセスが消えます。逆にいくら使っても支払い額は増えないので、「使わないと損だ」と考えるようになります。この「損をしたくない」という心理は、行動経済学で「プロスペクト理論」といいます。
人は損失に敏感なので、サブスクリプションモデルに入ると「損をしてはいけない」と考えて、ますます使うようになります。
さらにサブスクリプションモデルでは、高価な商品でも毎回の支払い額が少額になるので、それまで高くて買わなかったお客さんも使うようになります。例えばダイソンの商品は高価ですが、ダイソンは「ダイソンテクノロジープラスサービス」を毎月台数限定で試行しています。ダイソン製品を月1000円から使うことができ、しかも最新機種にアップデートできます。これも「ダイソンは欲しいけど高くて買えない」という人たちに、サブスクリプションモデルでアプローチする方法です。
サブスクリプションモデルにより、お客さんはサービスをより頻繁に使用するようになり、定額サービス以外のサービスも追加で注文するようになります。サブスクリプションモデルは、お客さんの顧客ロイヤリティーを高めて、囲い込む効果もあるのです。
このように行動経済学とマーケティング理論を組み合わせた視点で、今話題のサブスクリプションモデルの価格戦略を考えてみると、深く読み解くことができるのです。
本書では他にもさまざまなテーマで、価格戦略の考え方を紹介しています。
価格を知ることは、人の心理を知ることである
ビジネスの現場で「価格戦略」はあまり考えられていないのは、無理もないことなのかもしれません。
まず価格戦略の考え方が、あまり知られていません。価格戦略はマーケティング戦略の中でも重要なテーマですが、一般読者向けに価格戦略の全体像を分かりやすく紹介した本は、ほとんどないのが現実です。
また価格戦略では人の心理について深く考えることが必要です。行動経済学は、その大きなヒントを与えてくれます。しかし価格戦略を行動経済学の視点で整理した本は、ほとんどありません。
そこで本書は価格戦略をテーマに、行動経済学とマーケティングの視点から、分かりやすく楽しく読めるようにすることで、多くの人たちが仕事で価格戦略の考え方を活用することを目指しました。
価格は、数字にすぎません。しかし価格戦略を正しく考えられるようになれば、その数字にあなたの思いを込められるようになります。そしてその思いは、ターゲットのお客さんに伝わるのです。
著者プロフィール:永井孝尚(ながい たかひさ)
マーケティング戦略コンサルタント。1984年に慶應義塾大学工学部を卒業後、日本IBMに入社。マーケティング戦略のプロとして、事業戦略策定と実施を担当。さらに人材育成責任者として人材育成戦略の策定と実施を通して、同社ソフトウェア事業の成長を支える。
2013年に同社を退社して独立。ウォンツアンドバリュー株式会社を設立して代表取締役に就任。執筆の傍ら、幅広い企業や団体を対象に新規事業開発支援を行う一方で、講演や研修を通じて、マーケティング戦略の面白さを伝えて続けている。
主な著書に、シリーズ60万部の『100円のコーラを1000円で売る方法』(KADOKAWA)、10万部の『これ、いったいどうやったら売れるんですか?』(SB新書)、他多数。
ライフワークの写真では、都内著名ギャラリーで数多くの個展を開催する一方で、写真雑誌での連載も行っている。
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