創業者の経営哲学は「事業」「家庭」「自身」から:なぜ島津製作所はノーベル賞企業になれたのか〜歴史から学ぶ成長する企業の必須要素(2/2 ページ)
印刷して社内の各所に張り出した経営哲学は、コーポレートガバナンスとして今に通じるものがあり、いかに3つの要素を大事にしてきたかが分かる。
こうした「日本型経営」が、戦後の経済成長を支えてきた。しかしながら、グローバリズムの名の下に、合理化が図られ、次第に企業の持つ精神性が失われてきつつあるように思う。
明治以降に発足し、現存する「100年超企業」の中では京都の島津製作所の社是がかなり古い。島津製作所の創業者、島津源蔵(二代源蔵)は晩年にあたる昭和初期、ビジネスや人生における哲学をまとめている。それは、「事業の邪魔になる人」「家庭を滅ぼす人」「自己を破壊する人」の3つの柱からなり、それぞれ15カ条で構成されている。
源蔵のこの訓諭を、印刷して社内の各所に張り出した。これは、コーポレートガバナンスとして、今に通じるものがある。源蔵がいかに「事業」と「家庭」そして「自分自身」の3つの要素を大事にしてきたかが分かるものだ。
「事業の邪魔になる人」を少し紹介しよう。
【事業の邪魔になる人】
1. 自己の責務に精進することが忠義である事を知らぬ人
2. 共同一致の融和心なき人
3. 長上の教えや他人の忠告を耳にとめぬ人
4. 恩を受けても感謝する心のない人
5. 自分のためのみを考え他への事を考えぬ人
6. 金銭でなければ動かぬ人
7. 艱難(かんなん)に堪えずして途中で屈伏する人
8. 自分の行いに反省しない人
9. 注意を怠り知識を磨かぬ人
10.熱心足らず実力ないのに威張り外見を飾る人
11.夫婦睦まじく和合せぬ人
12.物事の軽重暖急の区別出来ぬ人
13.何事を行うにも工夫をせぬ人
14.国家社会の犠牲となる心掛けのない人
15.仕事を明日に延す人
昭和14年1月
島津源蔵
「事業の邪魔になる人」「◯◯できぬ人」などの文言が並ぶ。一見、読む者をネガティブな感覚にさせてしまいかねない訓示だ。経営理念とはもっと前向きであるべきでは、とも思ってしまう。しかし、これら源蔵の言葉を「逆説」として受け取ってみることが肝要だ。
「1、自己の責務に精進することが忠義であることを知ろう」「4、恩を受けたならば、感謝する心をもとう」「6、損得勘定抜きで動ける人間になろう」――。
一目見て、ドキッとさせるような伝え方をするところが、島津製作所の創業者、島津源蔵流といったところだろうか。
次に「家庭を滅ぼす人」の15カ条を紹介しよう。源蔵は常々、このように意見を述べていたという。
「家庭は人間の苗床や。家庭を健全なものにしなければ、よい人材に育つわけがない」
「家庭は人生の安息所や。家庭が愉快なものでなければ、精力的に活動できるわけがない」
「よい家庭には、神仏のご加護がある。ご先祖様の助けもあって、われわれは楽しくやっていける」
「人生は家庭が根本」
源蔵がいう「事業」と「家庭」との両立は、いまの島津製作所にもしっかりと受け継がれている。島津製作所の企業倫理規定には、「ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)を実現する人材活用と職場作りに努める」とある。
【家庭を滅ぼす人】
1.自分の一家と国家との繋りを知らぬ人
2.両親及び兄姉を敬はず夫婦和合せぬ人
3.身分相応を忘れる人
4.毎日不平を言うて暮らす人
5.相互扶助を知らぬ人
6.嘘を言い我儘(わがまま)を平気でする人
7.不用の物を買ひたがり無駄事に多くの時間をつぶす人
8.夜ふかし朝寝をし実力を養成しない人
9.失敗したとき勇気を失ふ人
10.非礼なことを平気でする人
11.今日積む徳が明日の出世の因(もと)となることを知らぬ人
12.先輩を軽んじ後輩に親切を尽さぬ人
13.他人の悪口を言ひ争いを好む人
14.秩序を守らぬ人
15.今日一日の無事を感謝せぬ人
昭和14年1月
島津源蔵
「事業の邪魔になる人」「家庭を滅ぼす人」「自己を破壊する人」。このうち「事業の邪魔になる人」「家庭を滅ぼす人」は現在、島津製作所 創業記念資料館に掲示されている。
資本の拡大は世の中に潤いを与えると同時に、「つながり」を希薄にさせる側面がある。高い報酬などの好条件を提示されれば、過去の恩義などはやすやすと捨てて、会社を去ってしまうのが世の常である。
源蔵は、考え抜いた結果、会社を統治するには「経営哲学」が重要であるとの結論に行き着いた。理念を大事にする社員や、その総体としての企業は揺るぎない存在となる。
創業者の経営哲学は、現在の島津製作所にも受け継がれてきている。2002年にノーベル化学賞を受賞した田中耕一氏(現エグゼクティブ・リサーチ・フェロー)がこれまで社外に出ず、今なお、同社に在籍し続けている理由もそこにあるかもしれない。
田中氏は『仏具とノーベル賞 京都・島津製作所創業伝』(朝日新聞出版、鵜飼秀徳)の中で、「独創とは、“無から有を生み出す”と思われているふしがあるが、アイザック・ニュートンの言葉を借りれば『巨人の肩に乗っている(先人の知恵の積み重ねから学べる)』からこそできる、ともいえる」と、語っている。
現在、島津製作所は「科学技術で社会に貢献する」を社是とし、「『人と地球の健康』への願いを実現する」を経営理念としている。
著者プロフィール:鵜飼秀徳
1974年、京都市生まれ。大学卒業後、新聞・雑誌記者を経て、2018年にジャーナリストとして独立。「仏教界と社会との接点づくり」をテーマに活動を続ける。著書に『仏教抹殺』(文春新書)『ビジネスに活かす教養としての仏教』(PHP研究所)など多数。新刊に『仏具とノーベル賞 京都・島津製作所創業伝』(朝日新聞出版)。東京農業大学・佛教大学非常勤講師、一般社団法人「良いお寺研究会」代表理事。
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