人の感性とデジタルのバランスで商品やサービスの変革へ ―― 三井農林 佐伯光則社長:デジタル変革の旗手たち(2/2 ページ)
1909年の創業以来、「自然の恵み・伝統と先進技術の融合により、世界に笑顔を届けます」というミッションに基づき、紅茶や緑茶を中心にした飲料、および飲料原料の製造、販売を事業として展開してきた三井農林。100年以上の歴史を持つ同社が、いかにデジタルを活用して変革を進めているのか。ITmediaエグゼクティブのエグゼクティブプロデューサーである浅井英二が話を聞いた。
デジタルテクノロジーの活用は、三井農林にとって必要不可欠な取り組みだが、それが全てではない。佐伯氏は、「DXは目的ではなく、あくまでも手段のひとつです。目的は、お客さまのニーズの変化や多様化する価値観に迅速かつ柔軟に対応することです。それを実現するためのアプローチがDXです。デジタルテクノロジーの活用は有力な選択肢であると同時に、デジタルでビジネスを変革できなければ、市場におけるトップの地位を失いかねないという危機感も感じています」と話す。
さらに三井農林が、ECサイトやSNSをテコにDXを推進しているのは、良質な顧客接点をベースにした顧客起点の価値創造を実現したいという狙いがある。ECサイトやSNS上でアンケートやファンミーティングなどを実施することで、双方向のコミュニケーションが可能になり、新たな価値の認識や良質化を実現することが期待できる。食品業界におけるDXについて佐伯氏は、次のように話す。
「お客さまから支持されることで、紅茶市場でトップの座を維持していますが、これは過去からの積み上げで築き上げてきた財産です。価値づくりが時代によって変化する中、対応を誤ればその財産もあっと言う間に失いかねません。今、ECサイトやSNSを活用して、お客さまと直接つながる価値を改めて実感しているところです。デマンドプル型でお客さまの声を迅速に取り入れ、PDCAサイクルを高速に回すことが今後の課題だと感じています」(佐伯氏)
モノからコトへ、さらに「ライフイノベーション」へ
今後の三井農林が目指す姿について佐伯氏は、「紅茶の会社、モノの会社というだけでなく、コトの会社、さらにその先のサービスの会社、お客さまにより一層の付加価値を提供できる会社になりたいと考えています。社内では、“ライフイノベーション”と呼んでいますが、それを意識しながら価値創造を推進していきます。国内でそのプラットフォームが実現できたら、同様のアプローチでアジア諸国に展開し、さらなる成長を目指します」と話す。
また、ウェルネスやサスティナビリティの分野への意識が高まっていることから、創業から何十年も積み上げてきたお茶を中心とした研究開発の延長線上で、顧客のニーズを満たす商品、サービスを開発し、価値創造に貢献することを目指している。
味はそのままに、一時的なストレスや疲労感を緩和するGABA入りロイヤルミルクティーや、夕方の脚のむくみ、手などの表面温度の低下を軽減するヒハツ由来ピペリン類プラスレモンティーなど、日東紅茶初となる機能性表示食品の開発にも取り組んでいる。
「われわれが提供するのは嗜好品なので、基礎食品に比べてバラエティに富み、ストーリーも書きやすく、付加価値も提供しやすくなっています。そのアドバンテージを、うまく事業の拡大につなげていきます」(佐伯氏)
2021年には、組織改革も実施している。組織改革に向けた課題のひとつだったのが、開発は開発、企画は企画、営業は営業といった縦割りの意識が強かったことだ。そこで横串で各組織をブリッジすることを意識した組織改革を実施している。
「各部門の理屈や考え方、業務プロセスなどがありましたが、これを標準化することが重要で、数字やAIの活用、データ分析の結果などに基づいて納得してもらうように取り組みました。これにより、横展開がしやすい組織の最適化を実現できました。食品業界では、五感を重視することが大事ですが、五感に頼りすぎると思い込みによる商品開発やアクションにつながってしまいます。それを防ぐ意味でも、AIの活用やサイエンスアプローチが必要でした。人とデジタルのバランスにより、商品やサービスの良質化を一層進めたいと考えています」(佐伯氏)。
聞き手プロフィール:浅井英二(あさいえいじ)
Windows 3.0が米国で発表された1990年、大手書店系出版社を経てソフトバンクに入社、「PCWEEK日本版」の創刊に携わり、1996年に同誌編集長に就任する。2000年からはグループのオンラインメディア企業であるソフトバンク・ジーディネット(現在のアイティメディア)に移り、エンタープライズ分野の編集長を務める。2007年には経営層向けの情報共有コミュニティーとして「ITmedia エグゼクティブ」を立ち上げ、編集長に就く。現在は企業向けIT分野のエグゼクティブプロデューサーを務める。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- デジタルで生命保険の顧客体験を再定義――ライフネット生命 森亮介社長
- デジタルで20世紀型の産業構造を変革する――ラクスル 松本恭攝氏
- コロナ禍の今こそDXでビジネスモデルを見直す好機――ANA 野村泰一氏
- デジタルでヘルスケアのトップイノベーターを目指す――中外製薬 執行役員 デジタル・IT統轄部門長 志済聡子氏
- デジタル化へ突き進む日清食品、データ活用、内製化、会社の枠を超えた次なる挑戦を直撃――日清食品HD 情報企画部 次長 成田敏博氏
- AIで店舗の「3密」対策、社内ハッカソンから2週間で実装――サツドラホールディングス 代表取締役社長 富山浩樹氏
- 変わらないと、LIXIL 2万人超えのテレワーク支援を内製エンジニアでやりきる――LIXIL IT部門 基幹システム統括部 統括部長 岩崎 磨氏
- いま力を発揮しなくてどうする。一日でテレワーク環境を全社展開した情シスの現場力――フジテック CIO 友岡賢二氏
- DXに現場はついてきているか? 「とんかつ新宿さぼてん」のAIが導き出したもの――グリーンハウスグループ CDO 伊藤信博氏
- 3年目の覚悟、実体なきイノベーションからの脱却――みずほフィナンシャルグループ 大久保光伸氏
- 問題は実効支配とコンセンサスマネジメント――武闘派CIOにITガバナンスを学ぶ