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「複雑さにあらがう“設計者たち”」――マネーフォワードに学ぶBizOpsの実践構造ビジネスとITを“動かす”仕組み──BizOpsという選択肢(2/2 ページ)

金融SaaSを多角的に展開するマネーフォワード。複雑な構造を内包する組織のなかで、BizOpsがいかに課題に向き合い、信頼を築きながら、変化を生み出しているのかを追う。

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第5章:仕組みだけでなく、“どう向き合うか”を設計する

 BizOpsに求められるスキルは多岐にわたりますが、マネーフォワードの横断BizOps本部 BizOps部部長 荒井さんが強調するのは、「粘り強く考え抜く姿勢」と「変化に対する柔軟性」です。

 BizOpsの役割は、正解のない課題に取り組むことで、現場から上がる要望のなかには、相反するニーズや、組織構造上の制約が絡むものもあります。“誰かの正しさ”と“組織全体の最適”の間で、葛藤しながらも前に進める胆力が求められるのです。

 例えば、ある部署では「スピード最優先でプロセスを簡略化してほしい」と言われ、別の部署では「法務チェックを強化してほしい」と求められる。そんな矛盾する声を、ただ調整するのではなく、「何のために、どこを目指すのか」という目的に立ち返って再設計する――そうした“理想を描き直す力”が、BizOpsには求められます。


マネーフォワードビジネスカンパニー 横断BizOps本部 BizOps部 部長 荒井 喬碩氏

 もうひとつの特徴は、「事業への献身性」です。

 個人の成果を追うのではなく、事業成長を最大化することを優先します。Slackでのノウハウ共有、ドキュメントの標準化、引き継ぎのしやすさ――あらゆる行動が、「後に続く誰かのため」に設計されています。

 プロジェクトを一過性の成功に終わらせず、再現可能な“仕組み”として組織に残していく意識が重要です。

 例えば、改善フローや背景の意思決定プロセスまでドキュメントに残し、似たプロジェクトが発生したときに流用できる状態を整える。こうした積み重ねが、新たな“人依存”を生まない文化をつくっています。

 BizOpsの仕事は、課題を解決して終わりではありません。

 その成果が再現可能であり、誰が使っても同じように価値を生み出せる状態になって初めて、「仕組みになった」と言えるのです。

第6章:BizOpsは“仕組みで組織を動かす人たち”

 マネーフォワードのBizOpsは、複数の事業と業務プロセスが並走する中で、全社を貫く“共通の仕組み”を設計し、組織を動かす役割を担っています。

 その取り組みは、定量的な成果にもつながっています。

 例えば請求業務においては、請求書発行数が1.5倍以上に増えても対応する人員を削減し、送付までのリードタイムは2営業日短縮、入金消込にかかる時間は半減しました。

 かつては、複数の事業部で異なる形式の請求書が存在し、入金の照合作業も担当者の経験と属人的な判断に頼っていました。

 BizOpsはまず、その構造を可視化し、請求フォーマットや工程を標準化。システム側にロジックを組み込むことで、作業量を減らすだけでなく「属人性の排除」と「正確性の担保」を両立させました。

 このように、BizOpsが取り組んでいるのは単なる効率化ではありません。

 既存のやり方を前提に「良くする」のではなく、「どうあるべきか」から設計し直す――その姿勢こそが、再現性ある業務改革を可能にしているのです。

 現在は、Generative AIの活用や全社レベルでのシステム統合にも挑戦中です。

 例えば、ナレッジ共有の自動化やFAQ対応の最適化など、“業務プロセスの仕組み化”から“判断・学習の仕組み化”へと進化の幅を広げています。

 BizOpsの仕事は、「誰かが気をつける」運用ではなく、「誰でも迷わず正しく動ける」構造をつくること。

 そのために、ツールを整えるだけでなく、業務そのものの“前提”を見直す姿勢が求められます。

 仕組みの中には、組織の思想があらわれます。

 マネーフォワードのBizOpsが設計しているのは、業務そのもの以上に、「どう動きたい組織であるか」という未来像なのかもしれません。

おわりに:仕組みには、姿勢があらわれる

 マネーフォワードのBizOpsは、仕組みをつくることで組織を支えています。

 しかし、その背景には必ず「現場と向き合い、信頼を築く姿勢」があります。

 構造を変えることは、対話の積み重ねです。

 仕組みを整えることは、関係性を編み直すことでもあります。

 だからこそ、彼らの仕事は裏方でありながら、組織の在り方そのものに影響を与えているのです。

次回予告:スタートアップにおける「信頼の設計」としてのBizOps

 次回は、HR領域のSaaSを展開するスタートアップ・jinjer株式会社を取材します。

 戦略があっても、現場に届かなければ意味がないーそんな気づきから始まった挑戦と、信頼を起点にした組織変革の物語をお届けします。

著者プロフィール:望月 茉梨藻(もちづき まりも)

1990年生まれ。神奈川県在住。マニュアル制作会社での制作ディレクションを経て、2017年に株式会社ビズリーチ入社。営業基盤の再構築やSalesforce運用を担当した後、株式会社スマートドライブにて、上場前後の成長フェーズにおける事業部横断の業務設計やSaaS導入・定着支援を推進。2022年よりフリーランスとして独立し、現在は一般社団法人BizOps協会の理事を務める。BizOpsの専門性確立と普及に取り組むとともに、実務者として複数企業の業務構築・運用改善に従事。ライターとしても活動しており、ビジネス、組織論、ジェンダーといったテーマを中心に、構造的な課題への眼差しと現場感を交えた視点で発信している。


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