味の素社が挑む“dX”とAI駆動開発――“企画・開発・営業ができる人財”が新規事業を加速する

味の素社DX推進部の高木亮輔氏

 多くの企業がデジタルトランスフォーメーション(DX)や新規事業の創出に挑む中、「開発スピードが上がらない」「PoC(概念実証)から抜け出せない」といった課題に直面する経営層やマネジメント層は少なくない。システム開発を外部ベンダーに依存する従来型の体制では、目まぐるしく変わる顧客ニーズに機敏に対応することは困難になっている。

 こうした課題に対し、生成AIを活用した「AI駆動開発」と、非エンジニア社員による開発の「内製化」を推し進めているのが味の素株式会社だ。同社DX推進部の高木亮輔氏が新規事業と内製化の相性の良さや、挑戦を止めない“企画・開発・営業ができる人財”の育成論について語った。

「D」よりも「X」を重視する味の素社の“dX”戦略

 味の素グループは、「アミノサイエンス(R)で、人・社会・地球のWell-beingに貢献する」というパーパスを掲げ、経済活動と社会活動を両立させる「ASV(Ajinomoto Group Creating Shared Value)」の実現を目指している。そのための強力な成長基盤と位置付けられているのがDXだ。

 高木氏によれば、同社のDX戦略における特徴は「トランスフォーメーション(X)」を強く意識している点にあるという。「デジタル(D)はあくまで手段。企業変革そのものを通じた価値創出こそが重要であり、社内ではDを小文字、Xを大文字にした「dX」と表記することもしばしばあります」と高木氏は語る。

 変革の土台として、同社は全社の財務データや業務データを統合するデータマネジメント基盤「ADAMS (Ajinomoto Data Management System)」を構築。その上にAIを掛け合わせることで、研究開発から生産、サプライチェーン、営業に至るまで、あらゆる業務で「AIと協働する体制」の構築を進めている。高木氏のミッションも「新規事業の創出」と「AI駆動開発(システム内製化)」の推進にある。

新規事業における「専門家集団」の罠と、内製化の必然性

 高木氏がAI駆動開発の重要性に気付く大きな原体験となったのが、企画初期から関与した新規の女性向けセルフケアサービスの立ち上げだった。このプロジェクトは、結果的に想定よりも早く終了を迎えることになったが、そこには大企業が新規事業を立ち上げる際に陥りがちな「構造的な罠」が隠されていた。

 「プロジェクトの立ち上げには、イベント、コミュニケーション、SNS、食事など、各領域の専門家が20人近く関わっていました。しかし、各専門家と委託集団を中心とする体制を敷いた結果、伝達ロスが生まれ、リーダーの思いや熱量が伝わりきらなくなってしまったのです。コミュニケーションコストが膨らみ、判断スピードが遅れ、改善サイクルが回らなくなりました」(高木氏)

 既存事業であれば、プロセスが安定しているため、分業体制を敷いて外部のスペシャリスト集団と組むことは機能しやすい。しかし、新規事業は「プロトタイプを作って動かし、初めて分かること」の連続である。いかに最速で改善サイクルを回すかが生命線となる。

 この経験から高木氏は、「専門家を多数集めるよりも、少人数で複数の役割を兼務できる人財を集めたチームのほうが、新規事業には適している」という結論に至った。

 「新規事業においては『1人で幅広く業務を担い、即座に意思決定できる体制』が理想です。企画、営業、デザイン、開発といった役割を分断させず、少人数で実行する。そのためには、システム開発の『内製化』が極めて相性が良いのです」(高木氏)

味の素社DX推進部の高木亮輔氏

AIがもたらす開発の民主化:ベテラン社員が“企画・開発・営業ができる人財”へ覚醒する

 1人で企画から開発までを担う“企画・開発・営業ができる人財”の育成は、かつては高度な専門技術を要するため非常に困難だった。しかし、生成AIの登場がその常識を根底から覆した。AIがコーディングをサポートすることで、フロントエンドからバックエンドまで、非エンジニアであってもシステム開発を行う難易度が大幅に低下した。

 「リーダー自らが開発スキルを習得すれば、コミュニケーションコストはゼロになり、プロジェクトのスピードは劇的に上がります。『今日思いついたアイデアを、今日自分で形にできる』。これは素晴らしいことですし、何より自分で作るからこそ熱意が誰にも奪われません」(高木氏)

 味の素社内では、すでにこの「AIによる開発の民主化」が目覚ましい成果を上げている。例えば、生成AIの活用により、専門的な開発経験を持たない社員でも、自らアイデアを形にし、プロトタイプを作成できるようになってきている。実際に、研究に関わる中堅からベテランの社員が、AIを活用して新たなサービス案を具体化し、関係部門や外部パートナーとの対話を通じて、顧客課題の検証や実証可能性の検討を進めるケースも出てきている。

 また、DX推進部のベテランのメンバーは、プログラミング未経験でありながら、AIを使って「製品パッケージの校閲支援システム(表記チェックシステム)」を自作した。70時間ほどの学習後、わずか30時間ほどの開発期間でシステムを完成させ、数百万円単位の社内人件費の削減を実現したという。

 ここで特筆すべきは、ITリテラシーの高い若手だけでなく、40代以上のベテラン層がAIを武器にして大きな成果を残している点だ。

 「ベテラン社員は、研究の最前線やビジネスの現場、業務の正しいプロセスを熟知しています。システム開発の経験がなくても、その業務理解という土台があるため、AIを使って企画・開発・営業をした時の威力が非常に大きくなりやすいのです」(高木氏)

挑戦を止めない「熱量」を育むマネジメントの要諦

 いくらAIの支援があるとはいえ、非エンジニアが“企画・開発・営業ができる人財”へと成長するには、当然ながら学習の壁が存在する。高木氏は、社員が自律的に学び、挑戦し続ける組織を作るためのマネジメントのポイントとして、以下の3つを挙げる。

  1. 体験やツールへの積極的な投資 「よく分からないから」と新しいテクノロジーをブロックするのではなく、AIツールや新しい環境に対して積極的に予算を投じる。そして、「できないことはすぐ外部委託する」のではなく、「まず自分でやってみる」ことを推奨し、実力を底上げする環境を作る。
  2. 「やりたいこと」ベースの役割分担“企画・開発・営業ができる人財”への挑戦は学習コストがかかるため、途中で挫折しないよう、「本人の熱量」が不可欠である。だからこそ、「これをやりなさい」というトップダウンの指示ではなく、本人の「これを実現したい」という内発的動機に基づくアサインを最重要視する。
  3. 心理的安全性を担保する「セーフティネット」 致命傷になるようなエラーやコンプライアンス違反はマネジメント側でチェックし、防ぐ仕組みを整える。しかし、それ以外の部分については可能な限り本人に権限を委譲する。失敗を恐れず、熱量を保ったままアジャイルに物事を進められる土壌を作ることが、成長を加速させる。

ベンダー丸投げからの脱却と、新たなパートナーシップの形

 内製化を推進する上で、外部パートナーとの付き合い方も変化している。従来型の「要件定義書を渡して丸投げする」開発手法では、システムは完成しても、自社内にノウハウやナレッジが蓄積されず、社員の成長につながりにくい。

 そこで味の素社では、株式会社メンバーズが提供する「あたかも社員」のような伴走型支援を活用している。これは、外部の専門家がベンダーとして分断されるのではなく、あたかも自社の社員のようにチームに加わり、ノウハウを社内に還元しながら共に未来を作っていくスタイルだ。立ち上げ時の学習コストやリソース不足を専門家がカバーしつつ、最終的な主導権とナレッジは自社に残す。このハイブリッドな内製組織の作り方が、大企業のDXにおいて、選択肢の1つとなっている。

 「AIの進化により、2年前に『できたらいいな』と思っていたことが、今ではもう実現できる時代になっています。10人が新規事業を企画したら、コンテストで選ばれた1人だけが挑戦するのではなく、テクノロジーを活用して10人全員が各々の事業を立ち上げられるような環境を目指したい。挑戦したいと思った時に誰もが挑戦できる状態を作っていくことが、日本の生産性を上げることにつながると信じています」(高木氏)

 味の素社が実践する、AI駆動開発と“企画・開発・営業ができる人財”の育成。それは単なるコスト削減や開発手法の変更ではなく、テクノロジーを通じて社員の「情熱」を解放し、自律的に挑戦し続ける組織風土へと生まれ変わるための、本質的な企業変革(X)のアプローチと言えるだろう。

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