マネジメント力を科学する

第53回:なぜ、日本企業では「考えるマネジャー」が育たないのか──AI時代、「言われたことは得意だが、課題抽出や提案は苦手」な組織から脱する方法

 日本企業の現場は強い。決められた品質を守り、納期に間に合わせ、問題が起きれば改善を重ねる。海外企業と比較しても、現場の実行力やオペレーションの精度は、日本企業が長年培ってきた大きな競争力だといえるでしょう。

 ところが、経営者や人事責任者からは、しばしば正反対の悩みを聞きます。「言われたことは確実に実行するが、自分から課題を見つけて提案する人が少ない」「部長までは務まるが、経営幹部を任せられる人材が育たない」という声です。

 現場では優秀だった人が、より大きな役割を任された途端、何をすればよいのか分からなくなる。会議で意見を求めても、社長や上司の考えを確認してからでなければ発言できない。自部門の改善案は出せても、会社全体が次に取り組むべき課題は提示できない。こうした光景は、決して珍しいものではありません。

 なぜ、日本企業には実行型、オペレーション型のマネジャーが多いのでしょうか。私は、これは個人の能力や意欲の問題ではなく、日本企業が長年つくり上げてきた「育成構造」の結果だと考えています。

日本企業は「与えられた問いに答える人」を育ててきた

 思えば私たちは、子どもの頃から「与えられた問いに正しく答える」訓練を受けてきました。学校では問題が提示され、その正解を速く、正確に導き出すことが評価されます。受験でも、出題者の意図を読み、決められた時間内に正答へたどり着く力が求められます。

 企業に入ってからも、基本的な構造は大きく変わりません。新入社員は、上司や先輩から仕事の進め方を教わり、まずは指示された業務を間違いなく遂行することを求められます。余計なことをするよりも、決められた手順を守り、失敗せず、周囲に迷惑をかけない人が「優秀な若手」として評価されます。

 その後、経験を積めば、自分なりの工夫や改善も求められるようになります。ただし、多くの場合、その改善は「与えられた枠の中」でのものです。既に決められた目標をどう達成するか、既存業務をどう効率化するか、発生した問題をどう解決するかが中心になります。

 こうした訓練を十年、二十年と続ければ、優秀な実行者が育つのは当然です。一方で、「そもそも何を目標にすべきか」「いま解くべき問題は本当にこれなのか」と問い直す力は、ほとんど鍛えられません。

 日本企業が実行型マネジャーを大量に生み出してきたのは、日本人が考えることを苦手としているからではありません。組織が一貫して、考えることよりも、正しく実行することを評価してきたからなのです。

昇進するほど、仕事のルールは反転する

 問題は、マネジャーになり、さらに経営に近づくほど、仕事のルールが反転していくことです。

 担当者の仕事では、与えられた課題を解く力が重要です。課長や部長にも、目標を達成し、業務を改善し、組織を安定的に運営する力が求められます。しかし、経営に近づくほど、そもそも何を課題として設定するのかが仕事の中心になります。

 売り上げが落ちているとき、営業活動を強化するべきなのか、商品を見直すべきなのか、それとも顧客そのものを変えるべきなのか。人材が定着しないとき、採用方法の問題なのか、マネジメントの問題なのか、評価制度や事業構造に原因があるのか。経営課題には、あらかじめ用意された正解がありません。

 ところが、多くのマネジャーは、長年「決められた目標を達成すること」で評価されてきました。それにもかかわらず、ある日突然、「経営視点を持て」「自分で課題を見つけろ」「会社の未来について提案しろ」と求められます。

 これは、決められたコースを速く走る訓練を続けてきた人に、突然「次にどこへ道をつくるべきかを決めてほしい」と頼むようなものです。走る力と、道を決める力は、まったく異なる能力です。

 実行力に優れたマネジャーほど、既存の枠組みを疑うことに抵抗を覚える場合もあります。目標や方針は上から与えられるものであり、自分の役割は、それを確実に実現することだと学習してきたからです。

改善は得意でも、「何を変えるか」は決められない

 日本企業のマネジャーは、改善することには非常に長けています。品質を高め、無駄を減らし、納期を短縮し、現場の問題を一つずつつぶしていく。この改善力によって、日本企業は高い品質と安定したオペレーションを築いてきました。

 しかし、変化の激しい時代には、改善だけでは乗り越えられない問題が増えています。既存の商品を磨き続けても、市場そのものが縮小していれば成長にはつながりません。営業プロセスを効率化しても、顧客が価値を感じなくなった商品は売れません。

 改善とは、基本的に、既に存在するものをより良くする行為です。これに対して経営には、何を残し、何を捨て、何を新たに始めるのかを決める力が求められます。改善の巧拙ではなく、改善すべき対象そのものを選び直す仕事です。

 ところが、実行型マネジャーは、目の前の仕事をより良くすることに意識を集中します。「この仕事を続けるべきか」「この事業は撤退すべきではないか」という問いよりも、「どうすれば、もっと効率よくできるか」を先に考えます。

 改善力は、日本企業の重要な資産です。ただし、その強みが大きいからこそ、間違った方向へ進んでいる事業や組織まで、高い精度で動かし続けてしまう危険があります。

AIは「答える能力」の価値を急速に変えている

 生成AIの進化によって、この問題は一段と切迫したものになりました。AIは、情報を集め、整理し、要約し、与えられた問いに対して複数の答えを提示します。資料作成や分析、改善案の立案といった仕事も、急速にAIが担えるようになっています。

 つまり、日本企業が長年高く評価してきた「与えられた課題に、速く正確に答える力」は、AIによって急速にコモディティ化しつつあるのです。答えを出す速度や情報処理量で、人間がAIと正面から競うことは現実的ではありません。

 もちろん、AIが提示した答えを吟味し、実行に移す力は今後も必要です。しかし、問いそのものが間違っていれば、どれほど優れたAIを使っても、価値ある答えにはたどり着けません。

 売り上げを増やす方法をAIに尋ねれば、営業強化や広告改善などの案を出してくれるでしょう。しかし、本当に問うべきなのが「この市場で事業を続けるべきか」であれば、最初の問いが既にずれています。

 AI時代に価値が高まるのは、答えを持っている人ではありません。何を問うべきかを見つけ、問題の前提を疑い、新しい選択肢を構想できる人です。

「提案しろ」と言うだけでは、提案する人は育たない

 多くの経営者は、マネジャーに対して「もっと自分から提案してほしい」と言います。しかし、提案が出てこない理由を、本人の主体性や当事者意識の不足だけで説明するのは適切ではありません。

 そもそも、提案しても採用されず、失敗すれば責任を問われ、何もしなければ大きな減点もない組織で、積極的に提案する人は増えません。上司の意向と異なる意見を述べることが「分かっていない」「生意気だ」と評価される職場で、課題提起が生まれないのは当然です。

 また、提案を求めながら、最終的には上司が細部まで修正し、自分の考えに置き換えてしまうケースもあります。これを繰り返せば、部下は「最初から上司に答えを聞いた方が早い」と学習します。

 考えるマネジャーを育てるには、提案を呼びかけるだけでは不十分です。問いを立て、仮説を述べ、試行錯誤することが報われる環境をつくらなければなりません。

報告を「事実の共有」で終わらせない

 考える力を鍛えるために、まず変えるべきなのは、日常の報告です。

 多くの職場では、報告とは「何が起きたか」を正確に伝えることだと考えられています。売り上げが下がった、退職者が出た、プロジェクトが遅れている。事実の共有は重要ですが、それだけではマネジャーの思考力は育ちません。

 報告には、「私はこう見ている」「原因はここにあると考える」「次にこの手を打つべきだ」という仮説を必ず添えるようにします。正解である必要はありません。重要なのは、自分なりの解釈と提案を持ってくることです。

 上司も、すぐに正解を教えてはいけません。「なぜそう考えたのか」「他にどんな見方があるか」「その仮説が外れていたら、次に何を確認するか」と問い返します。

このやり取りを繰り返すことで、報告は単なる情報伝達から、課題設定と仮説検証の訓練へと変わります。

会議を「答えを確認する場」から変える

 会議の設計も重要です。日本企業の会議は、既に決まっている方針を説明し、進捗を確認し、問題への対応を決める場になりがちです。その結果、参加者は、自分で問いを立てるよりも、上司が求めている答えを推測するようになります。

 考える組織をつくるには、会議で扱う問いを変える必要があります。「今月の目標をどう達成するか」だけでなく、「そもそも、この目標は妥当か」「顧客の変化を見落としていないか」「いま最も大きな機会損失は何か」といった問いを議題にします。

 さらに、会議の冒頭で責任者が自分の結論を述べてしまうと、参加者はその意見に合わせます。責任者は最後に話し、まず現場の仮説を聞く。反対意見を述べた人を評価し、問いを持ち込んだ人を称賛する。そうした運営が必要です。

 良い会議とは、正しい答えが出た会議だけではありません。参加者が、会議に入る前には見えていなかった新しい問いを持ち帰れる会議です。

小さな意思決定を任せなければ、経営人材は育たない

 課題を見つけ、提案する力は、研修だけでは身につきません。実際に意思決定し、その結果を引き受ける経験が必要です。

 ところが、多くの企業では、重要な判断は上位者が行い、マネジャーには実行だけを任せます。失敗を避けるために細かな承認を求め、予算、人員、顧客対応の権限を上司が握り続けます。これでは、マネジャーが自ら考えなくなるのは当然です。自分で決められない人に、自分で課題を見つけることだけを求めても、行動には結びつきません。

 大きな経営判断をいきなり任せる必要はありません。一定の予算内で施策を選ばせる、新しい顧客層へのアプローチを任せる、採用や配置の判断を委ねるなど、小さな意思決定から始めればよいのです。

 重要なのは、結果だけで評価しないことです。どのような情報を集め、何を課題と捉え、どんな仮説で決めたのか。その思考プロセスを振り返ることで、意思決定の質は高まっていきます。

実行力を捨てる必要はない

 ここまで述べてきたことは、日本企業の実行力やオペレーション力を否定するものではありません。決めたことを高い精度で実行できる力は、今後も重要な競争力です。

 問題は、実行力しか持たないことです。誰かが正しい方向を決めてくれることを前提にし、その指示を正確に遂行するだけでは、変化の速い時代に対応できません。

 必要なのは、実行型から構想型へ完全に入れ替わることではありません。高い実行力の上に、課題を見つけ、問いを立て、仮説を示す力を積み上げることです。

 課題を見つけるだけで実行できない組織も、構想を語るだけで成果を出せないマネジャーも必要ありません。問いを立て、方向を決め、周囲を巻き込み、最後までやり抜く。その一連の力を持つ人材こそ、AI時代のマネジャーです。

AI時代のマネジャーは「問いを生み出す人」である

 AIは、与えられた問いに対して、膨大な情報をもとに答えを提示します。しかし、いま自社が向き合うべき問題は何か、顧客や社会にどのような価値を提供すべきかを、最終的に決めてはくれません。

 問いは、現場を見て、顧客の声を聞き、組織の矛盾に向き合い、まだ言葉になっていない変化を感じ取るところから生まれます。過去のデータを分析するだけではなく、どのような未来をつくりたいかという意思も必要です。

 日本企業が変わるために、実行力を捨てる必要はありません。むしろ、その強みは大切に守るべきです。ただし、その上にもう一段、「自ら問いをつくる力」を積み上げなければなりません。

 私は、AI時代のマネジャーを、次のように定義したいと思います。

 「AI時代のマネジャーとは、与えられた問いに答える人ではない。組織が向き合うべき問いを生み出し、人とAIの力を束ね、その問いを成果へと変えていく人である。」

 言われたことを確実に実行する力は、これからも必要です。しかし、それだけでは、AIが提示した答えを実行する人にとどまってしまいます。

 人間のマネジャーに残される本当の価値は、まだ誰も明確にしていない問題を見つけ、「私たちは何を問うべきか」を組織に提示することです。

 答えを出す力から、問いを生み出す力へ。日本企業のマネジメントがいま越えるべき壁は、まさにそこにあるのです。

著者プロフィール:井上和幸

株式会社経営者JP 代表取締役社長・CEOに

早稲田大学政治経済学部卒業後、リクルート入社。人材コンサルティング会社に転職、取締役就任。その後、現リクルートエグゼクティブエージェントのマネージングディレクターを経て、2010年に経営者JPを設立。2万名超の経営人材と対面してきた経験から、経営人材の採用・転職支援などを提供している。2021年、経営人材度を客観指標で明らかにするオリジナルのアセスメント「経営者力診断」をリリース。また、著書には、『社長になる人の条件』『ずるいマネジメント』他。「日本経済新聞」「朝日新聞」「読売新聞」「産経新聞」「日経産業新聞」「週刊東洋経済」「週刊現代」「プレジデント」フジテレビ「ホンマでっか?!TV」「WBS」その他メディア出演多数。

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