DX・AXプロジェクトの成功に必要な条件とは - コスモエネルギーHD ルゾンカ氏

 エネルギー大手のコスモエネルギーホールディングス(以下、コスモエネルギーHD)において、DXからAX(AI Transformation)への変革をけん引しているのが常務執行役員CDO(Chief Digital Officer)のルゾンカ典子氏である。

コスモエネルギーHD 常務執行役員CDO ルゾンカ典子氏

 同氏が登壇した「ガートナー データ&アナリティクスサミット」(5月18日~20日開催)の講演『DXからAXへ:コスモエネルギーの非連続×連続の変革設計』は、単なるITツールの導入事例にとどまらず、現場の泥臭い苦労や、人間の心理に寄り添った組織運営のヒントが散りばめられた内容であった。

 本稿では、ルゾンカ氏の実体験に基づくエピソードを中心に、AI時代の「IT×組織運営」のリアルな姿を紐解いていく。

金融業界からエネルギー業界へ、「波を起こす」CDOの挑戦

 ルゾンカ氏のキャリアは、エネルギー業界の生え抜きではない。コスモエネルギーHDに入社するまでの約30年間、外資系金融機関などを中心に、データを活用した意思決定や人材育成、戦略立案に携わってきた。

 「『金融からエネルギーへ?』とよく言われますが、データが分かればどこでもビジネス貢献できると思います」とルゾンカ氏は語る。エネルギー業界特有のノウハウについては、社内に多数在籍するエネルギーの「プロ」たちに任せればよいと割り切る。自身に求められている役割は、外部の視点を持ち込み、会社の中に「DXという新しい波を起こすこと」だと定義している。

 AIが普及し、これまで以上にデータ活用が重要になる中、本当に困難なのは新しい技術を入れることではなく、「これまでのやり方や文化を少しずつ変えていく力」である。

DX・AXプロジェクト成功の条件

 一般的に「DXで成功している会社は本当に少ない」と言われるが、その大きな要因は「経営トップのコミットメント」と「現場主導のやる気」にあるという。

 コスモエネルギーHDが掲げるDXの推進体制「Cosmo's Vision House」は三層構造になっており、その一番下の土台として位置づけられているのが「個々の社員の意識改革」である。ここで同社は、「Chance(機会を捉える)」「Challenge(挑戦する)」「Change(変化を起こす)」「Communicate(対話する)」「Commit(使命を果たす)」という5つの「C」からなる「Cosmo's 5C」を現場に伝えている。

コスモエネルギーHDが掲げるDX推進体制 Cosmo's Vision House

 大事な道標であるCosmo's 5Cだが、ルゾンカ氏は「どこが重要かは、その日の気分によって変わってもいい」と語る。「今日はここを頑張る時だな」「今はコミュニケーション中心でいこう」といった具合に、状況に応じて柔軟に取り込めることの方が重要。大学院で心理学を学んだ経験を持つ同氏だからこそ、「AIの時代でも最後は『人』である」という強い信念があり、社員がいかにやる気になって自ら動くかを最重要視している。

 また、成功したプロジェクトに共通する点として、「現場」「DX/ITチーム」「外部パートナー」「PMO(Project Management Office)」「経営層」という5つのステークホルダーの距離が近いことも挙げる。最も巻き込むのが大変なものについて聴講者に挙手で意見を聞いたところ、「経営層」だったが、この点に関してルゾンカ氏は「コスモエネルギーHDでは、私の思いと同じで、経営層がDXの旗振り役を担ってくれているので幸運でした!」と語り、トップのコミットメントが重要であることを強調した。

現場のチェンジマネジメントは無理なく、自然に

 組織運営において、日本の文化で特に難しいのが「チェンジマネジメント(change management)」だ。

 長年続けてきた「安定して壊れないやり方」を変えることには、一般的に思いの強弱こそあれど、いずれの現場でも抵抗が生じてしまうものだ。特にエネルギーという巨大なインフラを担う製造業においては、「安全操業」が何よりも最優先される。ミスが許されない現場に新しいものを取り込もうとすれば、当然ハレーションが起きる。

 そこでルゾンカ氏が心がけているのは、「バックオフィスのDX関連部門が礎を作り、知らない間に新しいやり方を取り入れていて、そのまま自然に変わっている」というアプローチだ。現場の方たちがなるべく負担を感じない状態で、自然と新しいプロセスへシフトできるような環境づくりに腐心している。その具体例の1つがBIツールのDomoだ。検討時の考慮点として、Excelの延長感覚で活用できる点を評価し、「これなら現場で使い倒してくれるのではないか」と考えたという。

コスモエネルギーHD 常務執行役員CDO ルゾンカ典子氏

データ整備の罠と、「導入後」に枯渇する予算

 DXプロジェクトの進め方についても、ルゾンカ氏のアプローチは極めて実践的だ。

 同社がここ3〜4年で築き上げたDatabricksを中心としたデータ基盤は、「最初から完成形を描いて予定通りになったわけではなく、自走しながら改修・拡張を続けて現在のかたちになった」という現場に寄り添った泥臭いプロセスを経ている。具体的には、特定領域のシステムを完成させながら、年に1回DXに関するアンケートを実施し、現場のニーズを拾い上げるかたちで改修を続けている。

 データ基盤の構築とデータガバナンスにおいても、現場目線の教訓がある。「とにかくデータが重要だからきれいにしてください」と号令をかけると、堅実な企業文化を持つ日本企業は「社内のデータを全部きれいにしよう」と考えてしまいがちだ。しかし、それでは全員が疲弊してしまう。

 ルゾンカ氏は「まずはやると決めた領域のデータをきれいにする」とスコープを絞ることの重要性を説く。そして、部署ごとにサイロ化しているデータの中身を一番よく知っている現場の担当者に、運用プロセスも含めてデータのオーナーシップを持たせることが第一歩だったと振り返る。

 また、システム開発における「プロジェクトマネジメントの罠」にも警鐘を鳴らす。多くの企業では、システムを導入して開発チームが解散してしまい、その後が放置されがちだ。予算の多くを開発段階に前借りして詰め込んでしまうため、一般的には本当に重要な「導入後のデータ運用」に予算が回らなくなってしまう。

 「データは鮮度を維持するための継続的なメンテナンスが不可欠であり、システムの構築同様に運用が重要で、むしろ運用に多くのコストがかかる」という現実を直視し、予算配分を適正化する必要があると強く主張した。

AI時代のデータ基盤構築

 現在、同社はDXの成果を基盤とし、AIを本格活用する「AX 2.0」への連続的な進化を進めている。その中で見えてきたポイントが、「スケーラビリティ(Scalability)」「相互運用性(Interoperability)」「自律運用(Autonomous Operation)」である。

 これまでは「この部署のこういう課題を解決したい」という個別課題を中心に開発・導入し、各システムを後からつなぐというプロセスをとっていたが、統合の際にどうしても困難が生じていた。現在は、課題に対して部分最適となる開発を始めるのではなく、「元のリクエストの7~8割しか成果が出なくても、より大きな成果につながる全体最適を優先するべき」という方針の下、少し引いた視点で設計に着手している。SaaSに関しても「他のシステムとの相互連携がとれないサービスは利用しない方針。つながらないシステムは入れてはいけない」と決めている。

 また、現場の負担を減らすためには、フィジカルAIも含む、AIによる「自律運用」が不可欠である。そのためには、必要なデータを瞬時に取り出せる環境が求められる。データのメンテナンスも含め、何よりもデータを正しく管理できる基盤が必要だ。

 例えば、社内システムのデータ入力の際に、現場の社員が複数のシステムへ繰り返し転記するケースは珍しくない。これでは社員が疲弊するだけで生産性は上がらない。

コスモエネルギーHD 常務執行役員CDO ルゾンカ典子氏

 「一度データを入れたら他のシステムでも反映される仕組みが必要。他のシステムから参照するときも、不足するデータのみを入力するようなインタフェースであるべき。システムの裏側でもデータが何度もコピーされるようでは、データ容量面でも管理面でも問題が出てくる。どこかで入力したら、それが全体で共有される環境が必要です」 (ルゾンカ氏)

AI価値享受を阻む最大の壁は「不安」

 講演の締めくくりとして、ルゾンカ氏は次の英文和訳を引用した。

 「AIの価値を阻む最大の要因はテクノロジーではなく、慣れたやり方を変える勇気です」

 これは、まさに今の日本のDX・AX推進の現状を鋭く言い当てている。新しいシステムやAIという「テクノロジー」が導入できないのではなく、長年慣れ親しんだプロセスから抜け出すことへの「人間の不安」こそが最大の障壁である。

 だからこそ、技術より先に「人の意識」を変えるための伴走が必要になる。自らのコンフォートゾーン(Comfort Zone)の外へ一歩踏み出し、新しいものにチャレンジする勇気を持つこと。それこそが、AI時代を生き抜くあらゆる組織と個人に求められる条件である。

 コスモエネルギーHDはルゾンカ氏の伴走と共に、新たなチャレンジを進めている。

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