「NTT DATA Innovation Conference 2012」で、一橋大学大学院 国際企業戦略研究科 楠木教授が基調講演を行った。著書「ストーリーとしての競争戦略」をベースに企業にとっての競争優位とは何かを語る。
一橋大学大学院 国際企業戦略研究科教授 楠木 建氏の著書、「ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件」(東洋経済新報社刊)は刊行以来多くの人から注目されている。しかし一方で、楠木氏のもとにはこの本に関してさまざまな苦情が寄せられるという。
「まず、“ストーリー戦略”という新手の戦略論の本という誤解。“ブルーオーシャン戦略”“ホワイトスペース戦略”などと同種のものかと思われる。わたしは、どんな戦略であろうとストーリーというものの考え方によるべきだということを著書で伝えたかった。また、ストーリーテリングといった技術に関するビジネス書という誤解。これも違います」(楠木氏)
別の言い方をすれば、この本では、圧倒的な競争優位性を持つ企業の戦略はみなストーリーとして大変面白い、あるいは、興味をそそられるものだということを述べている。では、ストーリーとは何か。楠木氏は「糸屋の娘」の話を持ち出して説明する。
「京都三条糸屋の娘 (起)、姉は十六妹は十四 (承)、諸国大名は弓矢で殺す (転)、糸屋の娘は目で殺す(結)。ストーリーの基本形、起承転結を表しているのが“糸屋の娘”です。企業の戦略にもこの起承転結を持ったストーリーがなくてはならない。しかし、これは戦略を常に考えている人からすれば、当たり前のことです。自然科学なら世紀の大発見があって新しい理論が生まれることもあるが、経営は大昔からそれほど変わったことはない」(楠木氏)
楠木氏は渋い低音の声で淡々と語るので、苦情の話に聴衆は思わず笑いを漏らしてしまう。続けて自分自身に対する苦情にも触れる。
「依頼を受けて、ファーストリテイリングの戦略に関する手伝いをしていますが、代表取締役会長兼社長の柳井正さんからは“机上の空論”“学者の理屈”と怒られることが多い。だったら呼ばなきゃいいのにといいたくなってしまう。業界でも理屈っぽい経営者と知られている方から理屈をいうなといわれるとかなり面食らいます」(楠木氏)
ここで、楠木氏は経営における「理屈」について次のように話す。
「経営というのは、古今東西どのケースでも経営者が野生の勘で打ち手を考え、けもの道を走るようなものです。しかし、8割がけもの道でも、2割くらいは理屈を考えておくほうがいい」
つまり前後左右何が飛び出してくるか分からないけもの道を走った跡を追ってみると、ある理屈が生まれ、それを知っておくと道から外れる確率が減るということだ。楠木氏の理屈ではストーリーがキーワードになる。苦情をいう経営者もそこを理解していて、あえて楠木氏を叱咤激励しているに違いない。
経営は簡単に言ってしまえば、「次の一手」を決めて実行することに他ならない。起承転結でいえば、自分の会社はこういう仕事をしている(起)、規模はどれくらいで、こんな事情を抱えている(承)となる。問題は転であり、どんな結にもっていくかである。打ち手を考えるには、起も承も考えなければならない。会社の内情と外部要因を考慮する。同じような起や承を持っている企業はごまんとある。そこでどうやって転につなげていくか。いい打ち手が出せれば、競争優位性が生まれる。
さらにいえば、いい打ち手が出せたと思っていても他社がマネをすることがある。マネをされて追い付かれてしまえば優位性も当然なくなる。究極の優位性とは、他社が模倣できない、あるいは模倣しようにも圧倒的な差異があってどこもあきらめざるを得ないような打ち手から生まれる。
では、どのような発想から圧倒的な打ち手が生まれるのか。楠木氏はAmazon.comを例にして、打ち手について語る。
「eビジネスが勃興してきたとき、本はeビジネスに向いていると多くの人が考た。そして実際に世界中で類似のビジネスが立ち上がりましたが、Amazon.comは現在トップ企業として君臨している。打ち手が他社と違うものだったからだ」(楠木氏)
その打ち手とは、巨大な倉庫を建設し在庫を持ったこと。当時、誰もがこの打ち手に否定的だった。
「eビジネスをやるのに巨額の投資をして在庫を抱えるなんて信じられない、何を考えているんだという声が圧倒的だった。しかし、結果はみなさんも知っている通りである」(楠木氏)
競争相手が誰も手を付けていない打ち手を巨額のカネをかけて実行することで、現在の圧倒的な競争優位性が確立したわけだ。では、そうした打ち手はどうすれば発想されるのだろう。
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早稲田大学商学学術院教授
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明治学院大学 経済学部准教授