AI普及により従来の数値管理型リーダーは限界を迎えた。ファイブベイ加藤氏は、周囲と感情を共有し好影響を与える「シェアリングリーダー」の重要性を提唱。日本の老舗企業に学ぶ理念共有や信頼関係構築を例に挙げ、行動管理ではなく「関係の質」から主体的で幸せな組織を作る秘訣を説いた。
ITmedia エグゼクティブは2026年5月19日、オンライン勉強会を開催した。登壇したのは、株式会社ファイブベイの取締役副社長兼CHO(チーフハピネスオフィサー)、加藤芳久氏。テーマは「新時代のリーダーシップと多世代共生組織の作り方」だ。KPIによる数値管理やPDCAの高速回転──こうしたマネジメント手法が、なぜ今ほど機能しにくくなっているのか。日本に4万5000社あるという「100年超の老舗企業」に共通するものは何か。20年以上組織開発の現場に立ってきた加藤氏は、AIが管理業務を代替しつつある時代に、リーダーシップの焦点がどこへ移りつつあるのかを語った。
「人って変えられないよね、という話は人材育成の業界でもよく言われます。でも、じゃあどうしたら変わるのか。それが令和の時代のリーダーシップです」
冒頭でこう切り出した加藤氏が提案するのが「シェアリングリーダー」というリーダー像だ。定義は「思いを共有し、周囲に良い影響を与えるリーダー」。従来型のリーダー育成では、コンサルタントや上司が個人を伸ばしても、その人だけが成長し、組織全体への波及は小さいままになりがちだ、と加藤氏は振り返る。シェアリングリーダーは、育ったあとに自分のチームや部署へ良い影響を波紋のように広げていく。「情熱は熱伝導する」──加藤氏のこの言葉が、そのイメージを端的に示している。
ここで加藤氏が重視するのは、情報の共有ではなく感情の共有だ。
「情報を伝えても、人は動くまでのモチベーションが上がらない。パッション、エモーション、そういったものを共有することで、人は初めて自分でやりたいと動き出すのです」
加藤氏は、経営者から「自分の思いが組織の隅々まで届かない」という声をよく聞くと語る。人数が増え、一人一人と膝を突き合わせて話す余裕がなくなった現場では、社長の意を汲んで語ってくれる存在──それがシェアリングリーダーだ、と位置づける。経営理念の体現者として各層に立つことで、経営トップと現場をつなぐ回路が生まれる、という考え方でもある。
加藤氏自身が掲げる会社理念は、「100年後に生まれてくる子供たちに誇れる国を残すこと」。そのために志ある経営者を支援し、幸せな100年企業を100社つくる──こうした時間軸の長さが、当日の議論の背景にもあった。
シェアリングリーダー像の裏側にあるのが、数値管理・行動管理中心のマネジメントへの疑問だ、と加藤氏は強調する。
「ああしろ、こうしろという管理型リーダーには、もうみんな嫌になっている。しかも今は、生成AIがやさしく管理してくれる。管理型リーダーシップは終焉の時代を迎えました」
加藤氏は氷山モデルを使って分かりやすく説明した。主体的な行動は氷山の水面上、全体のおよそ10%にすぎない。水面下の90%を占めるのは「人間関係」「思い(価値観)」「成長実感」「やりがい」といった、目に見えにくい要素だ。KPIや行動管理は水面上の行動に働きかける。短期的には動いても、やればやるほどやる気を削ぎ、指示待ちの文化を育ててしまう、という。
「数値管理型の部長がいなくなった瞬間、その部署の成績がガタ落ちする──こういう組織、たくさんあります。なぜかといったら、言われたことをやるだけの人たちしか育っていないからです」
水面下の要素を大きくすることで「浮力」(モチベーション)が生まれ、主体的な行動へとつながる。このアプローチが、管理に頼らないリーダーシップの本質だと加藤氏は位置づける。
水面下の要素を大きくする組織づくり──その実例として、加藤氏は長期継続する企業の分析に目を向けた。世界全体で100年超の老舗企業は約7万5,000社。そのうち約4万5,000社、60%が日本企業だという。200年超に絞ると世界の約7割が日本企業になる。最古は創業578年の金剛組(宮大工)で、1500年近い歴史を持つ。応仁の乱も関ヶ原の戦いも、幾度の震災や不況も乗り越えてきた企業群だ。
加藤氏はニューヨークとロサンゼルスで講演した際の体験を交えて、この数字の重みを伝えた。「日本の老舗企業の話をしたところ、会場がざわつきました。アメリカの建国の歴史は260年ほどしかないので、500年、1,000年続いている会社というのが想像できないんです」。続けて、こう語る。
「GAFAは最近できた会社です。自信を持ってください。日本企業には、長期継続の実績とノウハウがあるのです」
現代の幸せな組織と老舗企業の分析から導き出した共通項は3つだ。
理念共有:経営理念があり、浸透活動を継続している。理念が「この会社で働く意味」を与え、多様な個人が理念によってつながる。ジグソーパズルの比喩を使い、「長所も短所も持つ人間が、共通の理念によって互いにかみ合う」と加藤氏は説明した。
関係構築:円満な人間関係、すなわち信頼関係が築かれている。日本の老舗企業の経営理念で最も多く使われている漢字は「信」(信用・信頼)だったという調査結果も提示された。
シェアリングリーダーの育成:「あの人みたいになりたい」と思わせる存在がいる。社長や上司の言葉をそのまま伝えるだけの「伝書鳩リーダー」ではなく、「社長はこう言っている。私はこう思う。だから一緒に頑張ろう」と自分の言葉で語りかけるリーダーだ。この3つが組み合わさって、「人が変わりたくなる場」──すなわち組織風土が生まれると加藤氏は説いた。
3つの共通項を支える枠組みとして、加藤氏はMIT(マサチューセッツ工科大学)のダニエル・キム氏が提唱した「組織の成功循環モデル」を紹介した。結果が出ないとき、多くの企業は「行動の質」を見直そうとする。KPI管理を強化し、PDCA回転を速める。だが加藤氏の説明では、こうした対応は悪循環を招きやすい。行動管理が増えると会議が増え、内向きの仕事ばかりになり、人が疲弊してやる気が落ちる。
「結果の質を上げたいなら、関係の質(信頼関係・人間関係)から見直しなさい」というのがキム氏の提言だ。関係の質が良くなると感情の質が高まり(相互支援・助け合いが生まれ)、行動の質が上がり、業績向上へとつながる好循環が生まれる。
加藤氏が8年間支援してきたアウトバックステーキハウス(運営:オーエムツーダイニング)では、この取り組みが実を結んだ。スタッフが「プロジェクトが楽しくて、店舗での取り組みが成果につながる」と語るようになり、コロナ禍の2023年クリスマスに過去最高益を更新。「誰かのために頑張りたい、という気持ちが育まれた結果です」と加藤氏は振り返る。
質疑応答では「法務・コンプライアンス部門でモチベーションを上げるには」という問いが出た。加藤氏の答えは「ルールだから守る、で止まらないこと」だった。「コンプライアンスを守ることで、どんな信頼が生まれ、会社と社会にどんな価値をもたらすか。その意味づけが人を動かします」。内向きになりがちな部署ほど、意味の議論が重要だ、という指摘は、参加者の実感と重なった様子だった。
最後に加藤氏は、実践の入り口としてシンプルな問いを提示した。「この会社で働く喜びややりがいは何か、価値観をみんなで共有すること。そして、自分たちでできる問題を明確化すること。この2つが第一歩です」。付箋と模造紙を使ったカードファシリテーション型の問題発見ワークショップでは、社歴や立場にかかわらず全員の声を拾い上げ、問題を可視化する。
「人を動かそうと思ったら、数値管理ではなく水面下にアプローチすること。それが、今の時代にリーダーに求められていることだ」──冒頭の「人は変えられない」という前提から始まった議論は、管理のツールがどれだけ高度化しても組織の根底にある人間の本質は変わらない、というメッセージで締めくくられた。
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早稲田大学商学学術院教授
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明治学院大学 経済学部准教授