AI時代に人が果たす役割とは?Takram代表の田川欣哉氏が、次世代のチェンジリーダーに必要な条件を解説。ビジネス・技術・デザインを融合する「BTCトライアングル」を軸に、社会課題への情熱であるイシューとリーダーシップの掛け合わせが変革を生むと提唱します。
AIが当たり前のように稼働する時代において人が果たすべき役割とは?――「ガートナーデータ&アナリティクスサミット」(2026年5月19日〜21日)に登壇したTakramの田川欣哉代表は、デザインの観点からこの問いについて考察した。
田川氏は、「QS(Quacquarelli Symonds)世界大学ランキング アート&デザイン部門」で首位に輝き続ける英国Royal College of Artにて名誉フェローを授与された人物。東京・ロンドン・ニューヨーク・上海の4拠点を持つデザインファームTakramを取り仕切りながら、東京大学の新学部立ち上げるなど教育分野にも携わっている。
『AI時代の適応型チェンジリーダーとデザインの力』と題した同氏のセッションでは、「BTCトライアングル」「デザイン思考」「イシュー」といったキーワードを交えながら、AIで変革を加速させるために必要な人材像が示された。
田川氏はまず、デザインという言葉への誤解を解くことから話を始めた。
「デザインというとアーティスティックな人々のやること、と感じる方が多いかもしれません。しかしデザインとは本来、人工物と人間の間の調和を生み出すために生まれた領域で、ビジネスパーソンやエンジニアにとっても有効で重要な手法なのです」(田川氏)
この理解を促すべく、産業革命とデザインの関係性を紹介した。
第1次産業革命(1800〜1850年代)は機械の時代。大量生産が始まり、椅子やカトラリーなどの日用品を量産する必要が生じると、エンジニアだけでは対応しきれず、アーティストやクラフトマンが工場に招かれるようになった。これがデザイナーという職業の起源だ。
デザインとアートは、互いに共有している内容も大きいが、ある点において決定的に異なる。それは、アートが自己表現を起点に活動するのに対し、デザインは「ユーザーを起点に、量産品を設計する」ことだと田川氏は説明する。
第2次産業革命は電気電子の時代で、メカトロニクスに加えてメディアやブランドのデザインが隆盛を迎えた。ソニーのウォークマンはその象徴的な存在だ。
第3次産業革命はコンピュータの時代で、UIデザイン・UXデザイン・サービスデザインが誕生した。MicrosoftやAppleが製品化したパーソナルコンピュータの概念が世界に広まり、その極点となったのがスマートフォンだ。
「この辺りからUIやUXがビジネスに直結していくということで、デザインのパワーが企業活動においてインパクトを持つ時代になりました」(田川氏)
産業革命のたびに新たなデザインが生まれてきた。そしてAI時代、第4の産業革命が進行中だ。「今まさに、新しいデザインの形が生まれようとしている」という。
Takramが創業以来20年にわたって追求してきたのが「BTCトライアングル」という概念である。
Business(ビジネス)、Technology(テクノロジー)、Creativity(クリエイティビティ)の3要素を1人の人材が掛け合わせるという発想であり、田川氏はこれを「越境型人材」と呼ぶ。
1人でこの3領域を完全にやり遂げることは難しいが、その方向性を追求することに大きな意味があるという。「ビジネス系、技術系、芸術系みたいなものを全て1人の人格の中でやりきることは基本的には難しいと言われていますが、それを追求してきました」と田川氏は話す。
田川氏はこの概念を具体的なプロジェクトで磨いてきた。
JAXAのH3ロケットでは、テレメトリーデータをブラウザ上でリアルタイムに美しく可視化するソフトウェアを開発した。ローンチイベントではYouTubeで数十万人が視聴し、技術的精度と視覚的な美しさが両立した成果物となった。
「エンジニアリングとデザインが分業体制になっているとこのような可視化は難しい。JAXAのエンジニアさんたちと感覚をやり取りしながら作っていくというプロセスが重要でした」(田川氏)
ゴールドウインとはECサイトの大刷新を担い、UIからサービスデザインまでBTCメンバーが横断的に関与した。三菱電機とは2年をかけて大規模なデザインシステムを構築し、その成果をオープンソースとしてGitHubで公開。ビジネス部門の担当者がAIを活用してリアルタイムにプロトタイピング環境の構築に貢献した。
BTCトライアングルの価値を最も分かりやすく示す事例として、田川氏が詳しく紹介したのがPreferred Robotics(Preferred Networksの子会社)との家庭用ロボット「Kachaka」の開発だ。
同社はAI系ディープテックスタートアップとして国内最大規模を誇るPreferred Networksグループの中で最も急成長している子会社で、Takramチームは、Preferred Roboticsの開発チームに伴走する形でKachakaの開発に取り組んだ。
Kachakaは棚を下から支えて移動させる搬送ロボット(AMR:Autonomous Mobile Robot)だ。当時は家庭向けプロダクトとして開発しており、Preferred Networksから相談を受けたTakramが企画の初期段階から参加することになった。
このプロジェクトの初期フェーズでは、都内の一般家庭を開発エンジニアと一緒に観察を行ったり、ユーザーヒアリングなどを重ねた。企画の初期フェーズでユーザーのリアリティを掴むことは、プロジェクトを成功に導くための必須要件だ。
エンジニアリング主導の開発プロジェクトでは、実際の生活のリアリティとかけ離れた前提で構想が練られる場合も多い。そのような状況では、作り手の独りよがりなアイデアが先行しがちだ。田川氏らは「東京の標準的な家庭を一緒に見に行きませんか」と提案し、エンジニアチームと一緒に、一般の生活者たちの声も聞いた。
「例えば、キッチンなどは典型的です。一般的な家庭のキッチンは、モデルルームのようなきれいなキッチンとは全く違います。段ボールが積んであったり、ゴミ箱が置いてあったり。建築上の床面積と実際にロボットが動いて回れる有効面積は全く別物です」(田川氏)
その後、商品企画とエンジニアリングとデザインのプロセスが三位一体で同時進行することになる。小型化、シンプル化を進めたうえで、スマートフォンアプリと連携して設定を変更、製造業の現場などで取り入れられ、国内AMR台数シェア1位を獲得する(富士経済調べ)までになっている。
「Preferred Roboticsのエンジニアやマーケッターなど開発陣は優秀です。そこにユーザー視点や体験設計などデザインの視点が導入されることで、素晴らしいプロダクトが完成したと思います。ビジネスとテクノロジーとデザインを三位一体で考える必要性がここに示されています」(田川氏)
BTCトライアングルに加え、田川氏がAI時代のチェンジリーダーに不可欠と位置づけるのが「イシュー」と「リーダーシップ」の2要素だ。これら3つの掛け算が、次世代のチェンジリーダー像を形作る。
イシューとは社会課題解決への強い情熱のことだ。「AIが仕事を効率化する時代、日常業務のタスクは短時間で終わり、その他の時間は、さほど頑張らないという人も増えるかもしれない。しかし、イシューを持っている人は、実現したいことや解決したいことが山ほどあるので、AIも活用して、どんどんとアウトプットを積み上げていく。この差が圧倒的な成果の差を生んでいくのではないか」と田川氏は言う。
AIが「仕事の速度」を底上げする時代に差を生むのは、仕事への没入度を決定づける情熱だ。だからこそ採用でも、「どのようなイシューや内的動機を持っているか」の見極めが重要になってくると田川氏は強調した。
ここにリーダーシップが加わる。イシューとBTCスキルを持つ人材が他者を巻き込み、より大きなエネルギーに変えるためには、人を動かす力が必要だ。
「大切なのはマルチディシプリン、すなわち専門分野の異なるものを連携させること。そのディシプリン同士を繋ぐコネクターとしてデザインを使いこなし、AIを100%活用しながら、イシューを内的エネルギーに変換し、かつリーダーとして人を束ねる。そういう人材が次世代のチェンジリーダーになると、現時点では考えています」(田川氏)
こうした人材を組織的に育てる場として、田川氏は東京大学での新たな取り組みを紹介した。2027年秋、東大に「UTokyo College of Design(カレッジ・オブ・デザイン)」という新学部を開学する予定だ。
これまでの大学教育は工学・理学・社会科学などが縦割りで存在してきたが、新学部はその縦割りを横串にするデザインの思考法とAIのパワーを組み合わせたカリキュラムで、次世代のチェンジリーダーを育成することを目指す。
田川氏は講演内で次のように問いかけた。
「5年後、10年後、どういう人が皆さんの横で一緒に新しい価値を作っているのかを今から考えてほしい」(田川氏)
AIを使いこなすだけでなく、デザイン思考でユーザーと向き合い、社会課題を見据えたイシューを持ち、組織を動かすリーダーシップを持つ。その掛け合わせこそが、AI時代の変革を担う人材の条件だ。
AI関連のスタートアップに携わる人材のほとんどがエンジニアである現状について、田川氏はこう語った。
「工学教育を受けた優秀な人たちが、社会とある種乖離していく方向になっていくことがある。よい社会を作っていくとか、コンシューマー向けのよい製品を作るということは、それとは少し別の話。そこにデザインの力が大きく入っていく余地がある」(田川氏)
BTCトライアングル×イシュー×リーダーシップという人材モデルは、AI時代の企業にとっての採用・育成の指針ともなり得るものだ。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
株式会社プロシード 代表取締役
明治学院大学 経済学部准教授