西原春夫 日本を危うくする教育の平等主義(後編):西野弘のとことん対談(2/2 ページ)
早稲田大学元総長の西原春夫名誉教授は、6・3・3制の画一的な学校制度に異を唱え、「大学が世界に誇る英才を輩出できない日本の将来は危うい」と警告する。一方で、北東アジアの平和構築を目指すNPOを設立、国際貢献にも労を惜しまない。刑法学の泰斗を行動に駆り立てる原体験とは。
「6・3・3制」の弊害――大学院大学こそ世界一流への道
西野 有馬先生は何と答えられました?
西原 ニヤッと笑って「その通りだけど、あなた、東大総長だったらできますか」と(笑)・・・・・・。確かにそうなんですよ。国の研究機関は、とりわけ科学技術の分野は東大が多かった。
例えば三鷹の天文台。東大の付置機関だったことに他の国立大学や私学から文句が出て、国の大学共同利用機関に改められました。今や高エネルギー物理学研究所も宇宙科学研究所も、各大学が平等に利用できる。が、その結果、東大の研究能力が落ちたことも事実なんです。だから、東大は国の研究機関に付属した大学院大学になるべきなんです。
西野 学部と大学院を分ければ、大学はますますマネジメントを問われますね。いま全国に大学は600校ぐらいあって、私はその2-3割はいずれ倒産すると主張して来たんです。間もなく大学は淘汰の時代に入る。
西原 そう思いますね。個性あるマネジメントが必要なんです。戦後の学制は教育の平等を追求して、それはそれで意味はありましたが、英才教育が希薄になってしまった。
この平等主義が、とりわけ日本の科学技術の発展を遅らせたと思います。隠れた英才は、これはもう特別な存在なんですよ。偏った教育はいけないが、他の学生と同じにしてはいけない。能力があれば、中学生でも大学に入れるくらいの英才教育があっていい。でないと、日本の科学技術立国としての将来は危ういですよ。
西野 なるほど。確かに個性とか大事だと言いながら、能力は皆同じという考えはそもそもおかしいですよね。1人として同じ人間はいないわけですから。
西原 戦後の高度成長を支えたのは、実は戦前の教育を受けた人々でした。旧制高校の寮生活を経験した経営者やエンジニア、また職人制度に育まれた技能者が引っ張ってきたんです。戦後教育の世代の時代に入ったのは最近で、日本はどうなっていくのか、非常に心配です。技術立国を維持するには際立った英才教育が不可欠です。隠れた英才は必ずいる、そう思います。
西野 最後に「アジア平和貢献センター」についてお伺いします。国際政治や外交がご専門ではない先生が、NPOを立ち上げられた動機は何でしょう。
西原 2つあります。1つは日本は平和憲法をもちながら、一国平和主義に陥っているのではないか、という疑問です。キリスト教世界とイスラム教世界が対立する中で、そこに割って入るのは日本や中国、韓国など北東アジアの国々、すなわち、多神的な寛容の世界観をもつ民族の使命ではないか。ひと言でいえば、覇道をやめ、王道でいく、そういう平和構築の拠点が必要だと思うんです。もう1つ、戦争は究極の犯罪ですね。考えてみれば、戦争と平和は刑法学者である私の研究対象なんです。
西野 外交の世界では戦後60年経っても日中・日韓の関係を修復できない。そういう時、NPOの活動は重要ですね。
西原 いや、まだ60年なんですよ。韓国へ行くと350年前の豊臣秀吉の朝鮮征伐をさんざん責められる。それほど被害者の復讐心は根深いんです。先の戦争は当事者がまだ生きています。たった60年しか経ってない、そこから出発して二度と愚劣な戦乱は招かない、という多国間の共同作業が必要です。それは、あの8月15日の私の原体験を昇華することでもあります。
西野 本日は貴重なお話、ありがとうございました。
対談を終えて
「グローバリゼーションとは、お互いの価値観を認め合うこと」――。
西原先生は以前、こう言われたことがある。早くから中国・韓国との学術交流に努めて来られた先生らしい言葉だが、それは大学の世界に限ったことではない。かつて自動車や半導体の集中豪雨的な輸出が、日米通商摩擦を引き起こしたように、国家も企業も、相手国の歴史・風土を理解しなければ経営できない時代になった。
その多国間協調の時代に、80歳近い先生がアジアの平和構築に乗り出された動機が、終戦の原体験にあることは繰り返すまでもない。自ら“天命”という、不正入試事件後の早大総長就任も、また英才教育の不在を指摘し、日本の将来を憂う危機感も、冷徹な歴史認識に培われたクライシス・マネジメントの能力に裏打ちされていると言える。
刑法学といえば、“性悪説”に基づく罪と罰の厳格な学問という印象をもつが、「愛国少年の頃、アジア人を当然のように蔑視していた自分が許せない」と述懐する先生の、人間に対する眼差しは優しい。その人柄も、60年前の原体験が育んだものだろうか。
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