答えは東京以外にある――「洋菓子の経営学」:経営のヒントになる1冊
日本一の洋菓子店密度を誇る街で、5年連続の右肩上がり。それを可能にしている要因は何か。「神戸スウィーツ」に学ぶ地場産業育成の戦略。
なぜ、つぶし合いにならないのか。なぜ、共存が可能なのか。なぜ、成長を続けることができるのか。
神戸、芦屋、西宮の3市を合計した洋菓子店の数は462店。同規模の人口を持つ名古屋市の洋菓子店数は323店。1.7倍の人口を持つ横浜市にも、342店しか洋菓子店はない。阪神間の洋菓子店密度は日本一と言ってよい。
当然、店舗間競争は厳しい。1995年には阪神・淡路震災により街ごと大きなダメージを受けた。だが「神戸スウィーツ」は、2002年以降、対前年比プラスの成長を続け、今では震災前の水準を上回る。本書では神戸スウィーツの強さと戦略を解き明かしている(収録された御影、岡本、六甲、芦屋の子細な神戸スウィーツ地図、師弟関係がすべて分かる神戸洋菓子職人の相関図は特に興味深い)。
なぜ、神戸スウィーツは強いのか。キーポイントは大きく3つある。1つは競争と共存を可能にする「人材育成」=弟子の育て方だ。親方の下で修業した若手職人が独立し、店を出すとき、神戸には見えざる不文律がある。その不文律こそが、店舗間のつぶし合いを未然に防くと同時に、若き職人のオリジナリティを高めていったのだ。
2つ目のポイントは、地元の製粉会社「増田製粉所」の存在だ。単にケーキ原材料の卸元としてだけではなく、あるときは人材供給の仲介者として、スウィーツ業界を支え続けた地元の優良企業である。
最後は「顧客の水準」だ。近代日本の都市文化を生み育ててきた阪神間の住民は、マスメディアの仕掛けに踊らされ「行列ができる店」に並ぶようなことはない。代々培った舌の感覚は高い水準を保ち、住民間のクチコミネットワークは強力だ。そのネットワークは、師匠の猿真似をしているだけのケーキ店を、あっという間につぶすほどの力を持っている。
年長者と若手が共存できる仕組み、問屋業に甘んじないB2B業者の戦略性、そして厳しい顧客。この3つがそろったとき、不況や人口規模を言い訳にしない、真に強い地場産業が成立する――と本書は説く。これらの要素は、企業が大き過ぎる都市、人が多過ぎる都市には、もはや手に入れることが難しい武器なのだ。
洋菓子だから、あるいは神戸だから可能なのだろうか。本書を読了後、全国の地場産業をサーチしようとする人は多いだろう。ヒントを1つ。例えば、島根県松江市には40軒近い和菓子屋がある。1軒あたりの人口は約4500人と、東京の倍近い和菓子屋密度を持つ。Rubyの街には、知られざる「和菓子の経営学」があるのかもしれない。
本書は「洋菓子業界の仕組みを知る本」として楽しむことも可能である。だが、より深く、「東京以外の場所で闘う発想を得るための本」として読むこともできるのだ。
*** 一部省略されたコンテンツがあります。PC版でご覧ください。 ***
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- 東京は4位 世界の都市総合力ランキング
世界の主要都市の総合ランキングを都市戦略研究所が発表した。東京はトップ3都市に大きく水をあけられた。 - フランスに行ってみますか?:豪華絢爛! パリのクリスマスを堪能してきた
ラテン気質で楽観主義のフランス人でさえ、このところの世界的な経済危機に表情を曇らせている。パリのクリスマスを彩るイルミネーションは、そんな暗いムードを吹き飛ばすだけの力強さがあるという。 - 指紋認証から静脈認証へ、衛生面に配慮 洋菓子のアンリ・シャルパンティエ
洋菓子専門店を全国展開するアンリ・シャルパンティエは、全64店舗および工場の2000人の従業員を対象にした勤怠管理システムを指紋認証から手のひら静脈認証に切り替えた。 - 逆境をはね返すサプライチェーン改革:鮮度が絶対条件、品質とスピードに徹した明治乳業の物流改革
牛乳やヨーグルトなどの市乳製品は鮮度の保持が絶対条件であるため、注文から納入までのリードタイムをどれだけ短くできるかがメーカーの物流における重要な課題だ。市乳製品が売り上げの多くを占める明治乳業では、いかなる工夫が見られるのだろうか。取り組みを追った。 - 阪神淡路大震災クラスの地震動にラックは耐えられるか?
APC Japanは、同社が明治大学理工学部建築学科構造システム研究室と共同で進めている研究プログラムの結果を一部公開。600キロを搭載して阪神淡路大震災クラスの地震動を発生させた際のデータを示した。